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「あ、汗、かいてるし、リップも塗ってないし、その、」
ああ違うんです。
伝えたいのは、そうじゃなくて!
「制汗剤の匂いがした」
「そっそそうですか」
顔の下半分を塩飴の袋で覆い、彼を見つめます。
綺麗な顔、澄んだ瞳。
私に魔法をかけた、薄い唇。
「……理想のシチュエーションとか、あった? もっと、ロマンチックなほうが」
「穂さんがいればどこでもロマンですぅぅぅ!!」
半分泣いてるみたいな私の声に、穂さんは驚いたようです。彼の体が、少し強張りました。
私は袋を握りしめた左手を下ろし、そろそろと空いた右手を伸ばします。
「初めて、だから」
「じゃあやっぱ嫌、」
「嫌じゃないんです!」
彼の手首に、触れました。ずっと外にいたからか、彼の肌もまた熱を帯びています。
「嬉しい、んです。元気になりました。キュウリダンス、フルであと5回は踊れちゃいそう」
「そうか、なら良かった」
「よくないです! だって、」
だって。
「もっと、キスして欲しくなっちゃう」
彼がかけた魔法は、私をどこまでも我が儘にさせるものでした。
キスの魔法は恐ろしいです、そりゃあ百年の眠りの呪いもどうでもよくなるね。
今、この瞬間が、私の、ぜんぶだから。
呪われる前の人生も、眠った間に見ていた夢も、どうでもいい。
『恋』は確かに、ここにあるから。
夢よりも夢らしくふわふわとして美しい、あなたが教えてくれた私の心が、ちゃんとあるから。
この心だけで、私の目に映る世界はどこまでも輝くのだと、そう、強く、強く、想えるから、過去の呪いなんて綺麗さっぱり解けて消えてなくなってしまうのでしょう。
「穂さん、好きです」
「……」
「もう一回、だけ」
「ああ」
彼の唇が、もう一度私の唇に触れました。
初めてよりも長く、触れていました。
彼の唇は、すっきりと薄いけれど、きちんと柔らかくて、かすかに湿っていて、温かいのだと知りました。
彼にキスされると、体が波打ち、ただ恋心が溢れ、幸せで溶けてしまいたくて、そうして泣きたくなるのだと知りました。
「キュウリダンス、何回くらい踊れそう?」
「182回くらいですね」
「多いな」
彼が微笑みます。その微笑みが眩しくて、追加でキスを強請ってしまいました。
これで元気フルチャージ、365日、毎日キュウリダンスを踊れそうです。
☆『これはどこまでも強く美しい魔法』【おわり】
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