第18話 接戦!

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第18話 接戦!

「どうする? ここから仕掛けるには列が長く伸びすぎているな。ニーシャ殿下だけを狙って奪うのは、なかなか難しいだろう」  リンドネルは難しそうにうめく。  黒服たちの数は十二、三とそう多くない。  三人でかかれば奇襲は成功するだろう、だが問題はその後だ。  ナウシカの転送魔法は発動までに時間がかかる。  瞬間移動の魔導具を補助にして使えば瞬く間に神殿へと帰還できるが――。 「この倉庫、軍用の結界が張っていて、外からの干渉には弱いんです。もう老朽化してるから、あっさりは入れました。でも、中から抜け出すのは泥棒対策もあるんだろうけれど、ボクには……ちょっと」 「あれ、何時になく自信がないですね、ナウシカのくせに」 「向き不向きがあるの! オランジーナ、うるさい!」 「結界を解析して移動するまでに何秒かかる?」 「‥‥‥すいません、早くて10秒、かな」  ふうむ、とリンドネルはまたもや唸った。  奪還して距離を取るまで5? いや10秒はかかる。  三人がかりの連係プレイだ、しくじれば20秒はかかるだろう。  どうせ、こちらが邪魔しにくることを相手は予測済みだ。でなければ、魔窟であれだけの数の魔獣を解き放つはずがない。  むしろ、王都の魔獣退治が終了していないと安心している節すら、考えれた。  もしそうだとしたら――奇襲は成功するかもしれない。 「わかった。俺とオランジーナで攻撃し、ナウシカがうしろで援護兼移動用の魔法を完成させるまで、最低でも30秒は必要だ。ここは分が悪い。やつらはどこに向かおうとしているんだ」    問われ、オランジーナは胸元のポケットから掌サイズのコンパクトを取り出した。  楕円形にカットされたそれは、中央に魔石がついていて、一見すると化粧道具のように見える。  しかし、残る二人はこれが通信魔導具だと知っていた。  コンパクトが開くと、通常は化粧品が並んでいる場所にカーソルとキーボードがついている。  「ここがこれで、と」 「俺たちの他にいるのは――おっと?」    オランジーナがぽちぽちとキーボードを操作すると、何もない中空にふわりと地図が投影された。  そこには輝点がまたたき、移動しているもの、動かないものと別れている。  アイネたちが移動している集団は、いまからもう使われていない倉庫へと入ろうとしていた。  動かない点があと、3つあるのに気づきリンドネルは面白いな、と呟く。 「敵か、味方か、判別は?」 「うーん……こいつに頼りましょう」  と、オランジーナは傍らに置いた聖鎚を手に取る。  これは女神メジェトから賜ったものだ。  関連する者たちや、他の神殿の関係者だったら、この地図の上に所属を投影することも不可能ではない。  あくまで、どんな神を信仰しているか――という部分に限られのだが。  ちょいちょいと聖鎚を操って出てきた反応に、三人は「あっ」と声を挙げそうになった。 「炎の女神サティナ、戦いの女神ラフィネ、腐蝕の女神ルーディア。王都を守護する四大女神神殿が揃いぶみだな……。サティナとラフィネは神殿騎士だろう。ルーディアはなんだ?」 「あ、そういえば――。腐蝕の盗賊団が、スカーレットハンズと王都の闇の勢力を争いだしたのだとか、聖女様がおっしゃっておりましたね。いま思い出しました」 「闇の勢力対、光の勢力か。いや、これはまずいだろう」 「どうしてまずいんですか?」  渋い顔をするリンドネルに、まだ若く世間を知らないナウシカが質問する。   「かつてルーディアは浄化の女神リシェスと赤い月の覇権を争った。そのとき、リシェスの姉であるサティナとラフィネは裏からリシェスを支援したんだ」 「うわあ……。じゃあ、犬猿の仲。あ、でも待って下さいよ。そうなると、スカーレットハンズはどこの神様の信奉者なんですか?」 「どこなんだろう? 聖鎚は神族しか教えてくれないから。もしかしたら魔王の配下かもしれないわね」  と、オランジーナがわからないと頭を振る。  会話の中、スカーレットハンズは倉庫へと消えていき、サティナとラフィネの神殿騎士たちはまだ動こうとしない。  彼らがいるのは倉庫の外縁部で、どうやらスカーレットハンズを逃がさないように壁となっているらしかった。  つまり、腐蝕の盗賊団に手柄を与えてやる、と? そういうことか?  リンドネルの心は理解できない上層部の意志を図りかねていた。  そこに、エレンシアからリンドネルやオランジーナたちに、思念での通話が入る。  どんな壁に囲まれていても、神の力が及ぶ範囲なら必ず届く通話のようなものだ。 「そっちの状況はどう?」  聞き覚えのある、エレンシアのどこか疲れたような声が脳裏に響いた。  リンドネルが率先して「ある倉庫の中に追い詰めたところです」と答える。 「そう。ならいいけれど。他の女神神殿に騎士を出してもらったの。その敷地内から出ようとすると、攻撃されるから気をつけてください」 「‥‥‥早に教えてくださいよ、聖女様。じゃあ、腐蝕のルーディアのはどうなんですか」 「腐蝕? そんなもの、こっちが手配するはずがないじゃない。第一、あの神殿は王都の真反対でその現場から一番遠いところにあるのです。転送魔法を使い続けると、相手にも気づかれてしまいますから、今回は声をかけていません」 「と、いうことは……」  リンドネルがオランジーナの地図を再度確認すると、腐蝕の盗賊団と思しき一団は、目当ての倉庫へと駆け足で移動していた。  このままではかれらが先に、スカーレットハンズと接触してしまう。  騎士長は瞬時に判断を下した。 「ナウシカ、俺とオランジーナをすぐにあの倉庫まで転送しろ。お前は倉庫を結界で包み、帰還魔法の準備だ。盗賊団を中に入らせるな」 「了解しました!」  聡いナウシカは、この命令を予測して既に転送魔法の準備に入っていた。  リンドネルとオランジーナを光の燐光が覆う。 「お気を付けて!」 「おうっ!」  と掛け声とともに、リンドネルとオランジーナの姿が消える。  ナウシカはすぐさま、上空高く舞い上がると、これから戦場になるだろう倉庫の付近まで移動し、建物全体に高レベルの魔獣を閉じ込めるタイプの結界を張った。  相手にもよるが、これで数分程度の時間稼ぎができたはずだ。  戦いを始めただろう二人の無事を祈りつつ、ナウシカは帰還魔法の準備かかる。  まだ、途切れていない聖女エレンシアに呼びかけた。 「聖女様、神殿への帰還の扉を開くことをお許しください!」 「許可します。今夜は青の月経由になるわ。フォンティーヌ神の星路を使いなさい!」 「ありがとうございますっ!」  神々には神々の道がある。  それは『星路』と呼ばれていて、神の代理人である聖女や勇者クラスになると、使用することが許されるのだ。  常時、星路を往来することはさすがに難しく、月に一、二度なら神は地上世界の代理人のために道を開いてくれる。  王族や帝族といった支配層でも自由にならないこの路の通行許可を、エレンシアは下したのだった。  倉庫の屋根にすとん、と着地したナウシカは空を見上げる。  背丈より長い錫杖を掲げ見上げるのは、東の空にある三連の月のひとつ、青の月。  かつて全能神カイネがこの世界を見放したとき、他の世界の全能神たちが集まって異世界から招いたとされる、神々の女王、フォンティーヌ神が住むとされる場所だ。  世界最大の宗教団体であるフォンティーヌ教が普段、管理と往来をしている星路にアクセスすることは少しばかり気が進まない。  星路を通過することで、通行した者たちの身元などの情報が漏れる可能性があるからだ。  しかし、エレンシアの命令であれば仕方がない。  ナウシカは全身全霊を込めて青の月の女神フォンティーヌに祈りをささげた。 「蒼き月の女神、神々の女王、天界でもっとも慈悲深き主、フォンティーヌよ。その星路への往路をお開きください!」  まだ14歳。  若すぎる魔法の天才、ナウシカはエレンシア並みに鋭い感性で地上と神が使う路との懸け橋を完成させる。  蒼い月がまたたいたかと思うと、天から一筋の光がナウシカの周囲を照らし出す。  あたかもそれは、暗黒の舞台で天井からスポットライトを浴び、映し出された主演女優のよう。  神々しい美しさを讃えるナウシカは、見るものの視線を捕えて外さない。  フォンティーヌが支配する星路の生ける扉になったナウシカは、ある意味、聖女級の力を一時的に体得していた。 「いまならお役に立てるはず!」  今まさにこの世界の中心ともいえる存在となった少女は、自らを倉庫の中に転移させた。  スカーレットハンズの視線をなるべく自分に集め、リンドネルたちの負担を軽くするためだ。  倉庫の中でナウシカが見た光景は、リンドネルとオランジーナの急襲に応じるべく剣や槍、魔銃を構え戦いを始めようとしていたスカーレットハンズの連中だった。 「蒼き星の煌きよ、光と成りて敵を射貫け!」  先にスカーレットハンズと刃を交えたのはオランジーナだった。  完全武装の騎士よりも、大柄なハンマーを抱えた動きにくそうなローブ姿の少女の方が、敵の目には弱いと映ったのだろう。  殺到する三人を迎え撃とうとオランジーナが聖鎚を掲げたところに、ナウシカが発射した無数の蒼穹の矢が降り注ぐ。 「ぐむっ!」 「うぉっ!?」  撃ち抜かれた敵三人は全身を激痛に襲われて武器を手放し、地面をはい回った。  どうやら、触れると神経を焼く魔法が掛かっていたらしい。  彼らは数秒経過したら意識を失って動かなくなった。 「なんて危ない攻撃をするんですか!?」 「あらー残念。オランジーナには効かなかったかー……」 「このっ!!!!」  仲間も巻き込まれたらいいと発言するナウシカの言葉に悪びれたふりはない。  オランジーナは怒りに任せて聖鎚を振り回す。  ハンマーの平たい部分で殴りつけられた敵は、仲間を巻き込んで壁に吹っ飛んで行った。  こちらもただ殴るだけではない。触れたら全身を銀色の鎖でぐるぐる巻きにされてしまう効果つきだ。  女神メジェトの神力で作られた魔法の鎖を自力で解ける者はなかなかいない。 「ナウシカ! オランジーナ! 喧嘩はそれくらいにしとけよ!」 「はーい」 「えっ、あたし被害者ですよー!?」  オランジーナに背を預けつつ、手にした長剣で敵をなぎ倒すリンドネルに隙はない。  騎士長の名にふさわしい剣捌き、体捌きであっという間に残る敵を殲滅してしまった。  奇襲は成功し、倉庫にいたスカーレットハンズたちはものの数分で無力化されてしまう。 「ここは任せた! 俺は地下に行く!」  動けなくなった敵を聖鎚の銀鎖で縛りあげていくオランジーナに後を任せ、リンドネルは次なる目標に向かって走り出した。
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