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第5話 悪人たちの企み
「ニーシャ様にまた苛められたわ」
「ほう? お前が年下だから教育しているのではないか、ニーシャは」
「殿下、どうしてあんな女の肩を持つのですか! 今は私と床を共にしているのに」
バッカニアがニーシャの部屋を訪れた夜。
彼のベッドの上で、若草色の髪が揺れた。
天然のためか、ゆるくカールを描くその髪の持ち主は、オンデス公女ミネアだ。
まだ若く、15歳とアーガイムやニーシャより一学年下になる。
いずれは王子妃になろうと機会を窺う野心たくましい少女だった。
「わかったわかった。なぜ苛められた? 最近、多いじゃないか。おまえの計算が間違っていたのではないか?」
アーガイムは生徒会長、ニーシャは書記、ミネアは会計係。
そのほかに庶務などもいるのだが、違法霊薬の密売を回しているのは、主にこの三人だ。
違法に仕入れた霊薬を正規のルートで購入したよう見せかけ、裏で帳簿を操作するのが、ミネアの役割だった。
しかし、ここ三ヶ月程の帳簿付けにおいて、ミネアは記帳する内容をまちがえてしまい、それを発見したニーシャは手抜きだと指摘したのだった。
「おまえのミスならば仕方ない」
「違います! ミネアは違法霊薬の数量を間違えたりしません。入庫と出庫数は合ってます。ただ、普段は一流品のポーションの項目に違法霊薬の入荷数を仕入れているように書くのを、今回は半分ほど三流の品のところに書いただけ」
「帳簿のごまかしか。学院の金庫から支払った金額は、かなり少なくなったな。差額は誰が支払った」
「それはもちろん、ニーシャ様」
「恐ろしい女だ。あいつはいま追い詰められているというのに」
一流品は金貨数枚になる。
対して三流品は銀貨数十枚。
三流品が多くなれば、当然、学院から持ち出せる仕入れ額は減ってしまう。
しかし、違法霊薬の本数は減らないから、バッカニアに渡す購入額の足らずはニーシャが支払うことになる。
彼女の首はどんどんと締まっていく、という寸法だ。
ニーシャは内からも外からも責められていた。
「だからですわ。ここはニーシャ様を排除して、私たちで違法霊薬の売買を独占しませんこと、殿下」
「あいつを消すのは――さて、どうかな」
「どういうこと、アーガイム」
オンデス公女ミネアは、ベッドの上で彼に背を向け猫のように丸まった。
王国における公爵家とは、ある種の特権的な貴族だ。
巨大な版図のなかで独立を保った都市国家を率いているといっても過言ではない。
ミネアはれっきとして一国の姫君なのだ。
アーガイムが他の女のことを口にすれば、面白いはずがない。
話題が爵位が低いニーシャに言及されたとなれば、さらに立腹する。
「ニーシャは王位継承権を持っている。簡単には排除できない」
「‥‥‥私は王位継承権を持っておりませんの」
「お前の泣き所だな、ニーシャと爵位では張り合えても、血筋ではそうはいかん。面白い」
「他人の不幸で遊ばないで下さいませ。あの御方が舞台から消えるのであれば、ミネアは大賛成ですわ」
アーガイムがくくっ、と笑う。
黒猫に扮したバッカニアがしてみせたような、悪辣な笑みだった。
どんな舞台を用意してやろうか、と考えてるのは明白だ。
ミネアは自分がそこでどんなヒロインを演じるのだろう、と思いを馳せてみた。
「さて、どうするかな。何かいい案はあるのか?」
「‥‥‥婚約破棄、とかはいかがです」
「婚約破棄? そうなると俺たちが断罪される側になってしまうだろう。最初から負けを認めるようなものだ」
「そうではなくって。あれは正当性がないからだめなのですわ。だから、正しく法に則って行うのが宜しいかと。もちろん、私は苛め抜かれて耐えれなくなる役」
ごろん、と姿勢を変えてミネアはアーガイムの広い胸に抱かれる。
役をやるならもちろん、悲劇のヒロインがいい。
ニーシャに苛め抜かれて、耐えかねてしまい、アーガイムが助けてくれる。
いま市民の間で流行の舞台劇、婚約破棄と似ているようでとても楽しみだ。
「公女であるお前をどうやってニーシャが苛め抜くのだ。ありもしない罪をでっちあげても、周囲は納得しない」
一瞬で興が冷めたのか、アーガイムが呆れた顔になる。
女という人種は大して深くもない知恵を思いついては、大層にもったいぶって言い出すのだ、とつまらなさそうだ。
そこで、ミネアは彼の退屈を覆してやることにした。
「先月末、外縁演習が行われたではありませんか」
「毎年恒例のやつだな、王都の周辺部に生息する魔獣討伐を生徒が行う――ポーションはあの頃から入れ替わっていたということか!」
「そうですわ、アーガイム殿下。霊薬の質が落ちているのです。三流品を一流品と知らずに購入した私が、実は中身をすり替えたニーシャ様に追求されているところを、殿下が――ね?」
「すでに帳簿上では問題点が明らかだ。会計にミスをかぶせた書記係を断罪する、か。その罪で婚約破棄も悪くはない」
アーガイムはどこでやるべきか、と場所と時間を検討し始める。
「邪魔者はすべて消えてしまえばいいのですわ」
と、ミネアはひとりほくそ笑んだ。
「よし、明日の朝だ。今夜、人を手配する」
「‥‥‥手配?」
「学院に納品されたポーションの保管庫は生徒会室だ。納品分のポーションがあればいいが、無ければ話は別だ」
「どういうことですの?」
「まあ、楽しみにしていろ」
アーガイムはテッドを呼びつける。
何事か命じられた彼の顔色が変わったことに、ミネアは気付かなかった。
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