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生さぬ仲
卒業を控えた頃、志延は父の叔母、志延にとっての大叔母の家に行った。再従姉に用事があり、帰ってくるまでお茶の間で大叔母と話をしながら待っていた。
その家の嫁である朝絵が、母が持たせてくれた手作りの大福を出しながら大叔母に言った。
「お義母さんが好きな大福、操さんが持たせてくれましたよ」
操とは志延の母の名前だ。
それから朝絵は志延に、「本当に志延ちゃんのお母さんは出来た人だよ」と母の気配りを褒めてくれた。
「本当にね。あんなに甲斐甲斐しく延幸の世話をしてくれて。家を乗っ取られるなんて言ってたじいさん達も文句は言えまい」
大叔母もそう言って母を褒めた。
それから、「もう志延も大きいから聞かせてもいいだろうね。操はきっと自分の苦労は話さないから」と、大叔母は続けた。
父が亡くなった時、母が家に残るというと、「山城家が嫁に乗っ取られる」と反対した親戚がいた。しかし父が継いでいた会社は父の弟に譲り、遺された二人の子供を懸命に育てる様子を見て、周りの評価が百八十度変わったという。
「生さぬ仲の延幸をあんなに大切にして、本当に立派だよ」と大叔母が言うと、「施設に預けて志延ちゃんと二人で暮らすこともできたのにね」と朝絵も肯いた。
(生さぬ仲?)
志延は驚いた。
母と兄が生さぬ仲、血の繋がりがないということか?
「あの、生さぬ仲って?」
志延は二人に聞いた。
志延が知らなかったとわかって二人はぎょっとした顔をしたが、「皆知ってることだし、話してもいいだろうね。でも操から聞くまでは知らないふりをしなさい」と大叔母が言った。
兄の延幸は父と前妻の子で、兄が二歳の時に前妻が亡くなり、子守りに雇われた母が父に見初められる形で後妻に入った。そして志延が生まれたという。
「あんたの父さんが亡くなった時、操さんはもらえるものをもらってあんただけ連れて家を出ることだってできたんだ。でも一度は親子になったんだからと、延幸の世話をするためにあの家に残ったんだよ」
そして大叔母は、「あんたの母さんは立派な人だよ」と何度も言った。
初めて知った事実に志延は言葉もなかった。
それは父への想いなのか、兄への愛情なのか、親戚への意地なのかはわからない。
でもあんなに一生懸命に兄の世話をし、エンメさんをやる理由はそこにあったのだ。
実の子よりも生さぬ仲の兄を優先する母の強い意思に、自分じゃ敵わないと志延は思った。
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