懐の石

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懐の石

 母は途切れ途切れに語り出す。 「あの交通事故の時、本当はお父様とあなたは死んでいたの。そして、延幸さんだけ助かったのよ」  父は即死、志延と延幸は病院に運ばれた。延幸はなんとか助かったが、志延は絶望的、一晩持つかどうかと言われたという。 「私はね、あなたに生きてて欲しかった。だって、たった一人のお腹を痛めた子供ですもの。だからエンメさんにお願いしたの」  母が子守りに来た時、お堂は荒れ果てていた。延命地蔵とは言われているものの、いつからあるのか、その由縁もわからぬいわくありげなもので、皆が気味悪がっていた。  それを母が一生懸命世話をした。その御利益なのか、夢にエンメさんが出て来るようになっていた。  その時も、エンメさんに娘を助けてくださいと頼んだ。 「夢でエンメさんは、娘を助けたいなら延幸の命を少しもらって娘に移せばよいと、その方法を教えてくれたの」  延幸の懐に石を入れて一年分の命を移し、それを志延の命日になるはずだった日にお堂のエンメさんに備えれば、志延の寿命が一年延びるのだ。 「酷い継母でしょ。延幸さんはすぐ目が覚めて普通に生きることができたのに、寝たきりのままにしているのは私なの。でも……」  母は志延を涙ながらに見た。 「あたなを死なせるわけにはいかなかった……」  志延の命の供給源である延幸も死なせるわけにはいかない。その想いと、延幸への贖罪から、母は懸命に延幸の世話をした。  志延の居場所もエンメさんに教えてもらったと母は言った。  志延は愕然とした。  今まで自分が兄の犠牲になっていると思い込んでいた。  でもそれは逆だった。自分の寿命が延びるのと引き換えに、兄を犠牲にしていたのだ。 「延幸さんの心臓が弱ってきたと聞き、もう限界だと気付いたわ。もちろん、あなたを死なせるわけにはいかない。だから……」  母は苦しそうに続けた。 「エンメさんにお願いしたの。私の命をあげるから、二人を助けてくださいって」  地蔵の前にある二つの石は、ずっと母が懐に抱いていた石、母の命をすべて移した石だった。  母が急激に弱ったのは、このせいだったのだ。 「もうこれで大丈夫。あなたは生きられるし、延幸さんも目を覚ますと思うわ」  母は力なげに微笑んだ。 「どうか志延。生きて、生きてちょうだい」  そこまで言って、母は意識を失った。 「お母さん! お母さん!」  志延は大声で人を呼び、母を家に運んだ。
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