お勤め

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お勤め

 年に一度のその日の夕方、志延(しのぶ)は長い髪を後ろで結え、白い着物に着替えて夜を待つ。着物の下には何も着けない。  闇が濃くなる頃、蝋燭(ろうそく)を手にその灯りを頼りにして庭へ向かう。庭の奥に小さなお堂があった。  木の扉を開けて中へ入る。三メートル四方程の空間の中央には地蔵が祀られていた。  志延は蝋燭を傍らに置くと、胸元に入れておいたものを取り出し地蔵の前に置く。それは平べったくすべすべした灰色の石だった。  次に志延は地蔵の前に(ひざまず)き、「延ばし給え、延ばし給え、延ばし給え」と三度唱える。  それから──。  お堂の隅に用意された木の(たらい)の前に立つ。盥には水が張られていた。  その前で着物の紐を解くと一糸纏わぬ姿になる。そして師走の極寒の中、盥の水を手で(すく)って浴びる。  それが済むと、盥の脇に置かれたタオルで身体を拭き、同じく用意されていた真新しい白い着物に袖を通す。  そして蝋燭を手にしてお堂をあとにする。  それが年に一度の志延のお勤めだった。  おそらく幼稚園の頃にはやっていた。確か最初は母も一緒にお堂に入り、寒さに泣きながら身を清める志延の着替えを手伝ってくれたように思う。  小学生になると、「もう一人で大丈夫ね?」と母に言われ、それからは一人でお堂に入るようになった。  寒い冬に凍えるようなお堂の中で冷水を浴びるのは(つら)かった。盥の水に氷が張る年だってあった。 このお勤めに志延(しのぶ)が違和感を感じるようになったのは、小学校の四年か五年になってからだ。  友達数人と庭で遊んでいてお堂に気付いた友達と話し、お堂も地蔵も皆の家にはなく、真冬にそんなお勤めをする家もないことを知った。  それで初めて、これは自分の家だけの特別なことと気付いた。  お堂の地蔵を家の者は、エンメさんと呼んでいた。 「エンメさんて何?」  母に聞いても教えてくれない。  志延は成長するにつれ、この不思議なお勤めの意味をいろいろ想像するようになった。
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