東京

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 四月になった。  志延は専門学校の入学式を前に、最低限の身の回りの品と貯金を持って東京に旅立った。  春休みに町で偶然、中学生の時に家庭教師をしてもらっていた園田春樹(そのだはるき)と再会した。  春樹は五つ年上で、既に大学を出て社会人として働いていた。爽やかな青年だったが、地元の割と大きな企業で働いているといい、ビジネススーツが似合っていた。 「今度、東京に転勤になったんだ」 「え? いいなあ。東京行ってみたい」 「おいでよ。案内するよ」  そんな会話をして、連絡先を交換した。 「しばらく一人になりたい」  そう書置きを残して家を出てた志延は東京に向かった。最初からそのつもりで、無駄になる入学金が一番安くて済む専門学校を選んでいた。    春樹に再会するまでは、東京の大学へ進学した友人の誰かを頼るつもりだったが、社会人として経済的に自立している春樹の方が好都合だった。  春樹は、突然上京し連絡してきた志延に驚いたようだった。けれども、気が済むまでいたらいいと、志延を泊めてくれることになった。  お嬢様育ちの志延の気まぐれにしばらく付き合おうとか、そんな軽い気持ちだったのだろう。  けれども美しく成長した志延に若い春樹がいつまでも我慢できるはずもなく、数日後には男女の関係になった。  志延にとって春樹は信頼できる相手だったし、憧れに似た気持ちもあった。それに泊めてもらって何も差し出さないわけにはいかないだろうと、受け入れた。春樹に抱かれて、その肌の温かさが心地良かった。  それまで、淡い恋をしても母の目が厳しく、異性と深い関係になるのは初めてだった。今思えば、母は進学や就職で地元を離れる可能性のある相手との付き合いを嫌がっていた気がした。  春樹とのおままごとみたいな同棲生活が始まった。  生活費をすべて春樹に頼るのも申し訳なく、志延も近くのパン屋でアルバイトを始めた。  しかし──。  梅雨が明ける頃から、春樹が家に帰らなくなった。夕飯を作って待っていても、酒に酔って深夜帰宅したり、朝帰りなんてこともあった。  志延に対しても邪険にするような言動があった。 「ハル君、どうしたの?」  週の半ば、着替えをするためだけに朝帰りした春樹に志延が聞いた。 「お前、気味が悪いんだよ」  吐き捨てるように言われた。 「えっ?」 「お前と寝てると布団のまわりを何かが周ってるんだよ」 「何かって何?」 「何か重たいものがずりずり周ってるんだ。それに……」  春樹は言いにくそうに言った。 「お前を抱いても、石を抱いてるみたいに冷たくて──。ごめん。日曜まで友達の所に泊まるから、その間に出て行って」  そう言うと、春樹は身の回りの物を持って、部屋を出て行ってしまった。
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