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母
山々を鮮やかな紅葉が彩る秋が終わると、すぐに寒い冬が訪れた。
「奥様っ! 奥様──っ!」
ある朝、志延は階下でカネさんが大声で叫ぶ声に目が覚めた。
驚いて階下へ降りていく。声は母の部屋からだった。
「カネさん、どうしたの?」
「お嬢様、奥様が、奥様が──!」
母が白い着物を縫いかけのまま、その場に突っ伏していた。今年のエンメさんで志延が着る着物を縫っていたのだろう。
「お母さん? お母さん、しっかりして!」
すぐに座敷にいた夜勤の看護師が呼ばれ、様子を見てもらう。
「脈が遅いですね。先生をお呼びします。とりあえず横にして差し上げましょう」
看護師の指示で母を布団に横たえた。
医師の診断では、「心臓が弱っている」とのことだった。
母に心臓の持病はなかったはずなのに……。
長年の兄の看護で自分のことは後回しにしていた母だった。その上、志延の家出で心労を与えてしまったからかもと、志延は自分を責めた。
大学病院で検査をしたが、これが原因というものはなかった。志延は母を入院させようと思ったが、母が「家にいたい」と強く望むので、看護師を増やし、医師の往診を増やしてもらって、兄の座敷のすぐ隣の部屋で療養させることになった。
そんなある晩……。
これから先の不安で寝付けずにいた志延は、庭でカタンと音がした気がしてベッドから起き上がる。窓際に寄りカーテンを少し開けて見下ろすと、広い庭を蝋燭を持って移動する白い影がぼんやりと見えた。
蝋燭の火は明らかに、エンメさんのお堂に向かっていた。
(お母さん?)
志延はパジャマの上にカーディガンを羽織り、急いで階下へ行って外に出た。
お堂の前に着くと、お堂の中にぼんやりと蝋燭が灯っているのが見えた。
「お母さん?」
声をかけて、志延はお堂の引き戸を開け、中へ入った。
「お母さん!」
白い着物を着た母が、地蔵の手前で倒れていた。
母に駆け寄り助け起こして、「お母さん、しっかりして! お母さん!」と声をかけると、母は薄っすら目を開いた。
母の身体が冷え切っていたので、志延は自分が着ていたカーディガンを母の肩に掛けた。
「ああ、志延、これをエ、エンメさんに……」
そう言って母は懐から平べったい灰色の石を二個取り出すと、それを地蔵の前にお供えした。
「どういうこと? どうして? お母さんが?」
志延のお勤めをなぜ、母がしているのだろう?
「一つは延幸さん、そしてもう一つはあなたのためよ。ああ、馬鹿な母さんを許してね」
母はそう言って冷たい手で志延の手を握ると、信じられないことを言った。
「あなたはね、本当は三歳の時に死んでいたの」
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