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日本家屋の立派な門をくぐると石畳のアプローチが玄関前まで続いていた。
先を歩く宮地が玄関の戸を開けて「上がって待っててくれ」と言うので慌てて玄関に入る。
「おじゃましまーす」
緊張して小声になると宮地に鼻で笑われた。
庭の見える廊下を進み部屋に案内される。机とテレビしかない和室に「寂しい部屋」と言えば「うっせー」と言い返された。
「今飲み物持ってくる」
「あ、お構い無くー」
出ていく背中を見送りながら座布団に座る。ゲームも漫画も何もない。本が数冊あるけれど筋トレについてのみで、実に面白くない。エロ本とかないのかよと部屋を漁ろうとしたとき障子が開いた。
「戻ってくるのはえー、よ?」
振り返るとそこにいたのは宮地ではなく、強面でガタイの良いおっさんだった。頬の傷と半袖から伸びる逞しい腕が怖さに拍車をかけている。
「あれ?隼人じゃない」
「こ、こんにちは、お邪魔してます。宮地くんの友達の神田です」
「あー!君が神田くん」
「はい、神田くんです」
「隼人に聞いてるよ、可愛い友達ができたって」
「えっ、あいつ俺のことそんな風に思ってたのか……」
テレるなぁと頭をかくとおっさんに可愛いねぇと頭を撫でられた。
「隼人に襲われたりしてない?」
「はい、今のところは」
「ははは!いいね君!本当可愛い」
「まじすか?嬉しい~」
「何だか言われ慣れてるな」
「姉が二人いるのでかなり可愛がられて育ちました」
「へぇ、素直で可愛いー、隼人が手出さないなら食っちゃおうかなぁ」
「クッチャオウ?へ、あ、あの、ちょっと!」
気付くと目の前におっさんの顔があって俺の首筋に顔が埋まる。すー、はーと匂いを嗅がれているとわかった瞬間俺は「宮地ーー!!!」と叫んでいた。
ドタドタと廊下を走る音がする。
「何やってんだ権藤!」
「いだ!」
すぐに来てくれた宮地がすぱんっ!とおっさんの頭を叩く。
慌ててその場から退き宮地の背後に隠れると、権藤と呼ばれたその人はヘラりと笑った。
「目の前に可愛い子がいたからつい」
「ついで未成年襲ってんじゃねーよ、つかこいつに何もしてないだろうな?」
「してないしてない」
「したよ!匂い嗅がれた!」
ここ!と首を指さすと「神田くん!しーっ!」と権藤さんが言う。
「してんじゃねぇか!一応言っておくけど神田には手を出すなよ」
「わかったわかった、お前のおきにな」
「変な言い方すんな」
「神田くん、見ての通りこいつツンデレだけど割りと良い子だから、これからも仲良くしてやってね」
「あ、はい」
急に真面目に言うから畏まって頭を下げると、権藤さんは部屋を出ていこうとする。「俺に用があったんじゃないのか」と宮地が言うと「いや?」と権藤が続けた。
「隼人が初めて友達連れてくるって言うから気になってさ。仲が良さそうでよかったよ、それじゃあね神田くん」
「はーい」
「また会ったときはよろしく」
「はーい、え?よろしく?いったいなにを……」
笑いながら去っていく背中を完全に見えなくなるまで見送ると障子を閉める。
「すまん、権藤には後できつく言っておく」
「いいよ別に。すーはーされただけだからさ」
はははと笑うと「ホントにごめん」と宮地は片手で額を抑えた。
「いいって、それよりあの人お前の何なの?」
「ああ、権藤は俺の世話係みたいなもん。あんな見た目だけどうちの家じゃかなり話の分かる方だ」
「へぇ、じゃあ話が通じない奴もいるんだな」
「まあな、喧嘩っ早いやつとか」
「いそう~!!」
「楽しんでんな」
ケラケラ笑う俺に呆れたように宮地が笑う。
「あれ、てか飲み物は?お構い無くとは言ったけど」
「あ、台所に置きっぱなしだ」
「何してんの隼人!」
裏声で叱ると「母ちゃんか」とツッコミが入る。意外とそういうのやってくれるんだよね、と内心嬉しく思っているとまたしても障子が開く。
今度はなんだと見てみればそこにいたのは二十代くらいのお兄さん。袖から覗く刺青に少しだけドキッとする。
「おう、丸井」
「隼人さんおかえり~、君が神田くんかぁ」
「どうも、お邪魔してます」
丸井と呼ばれたその人は俺をまじまじ見たあとで、宮地に向かってニヤニヤ笑うと「良い子そうじゃん」と言った。
権藤さんといいこの人といい、宮地の友達ってそんなにレアなのか。
「お前も神田の顔見に来たとか言わねぇよな?」
「そうだけど?」
「もうどっか行ってくれ」
宮地がすごく嫌そうに言う。
「二人きりにしてくれって?あだ!」
丸井さんは宮地に脛を蹴られると「すぐ暴力ふるう~」と口を尖らせた。
「軽く蹴っただけだろうが」
「神田くんこの子に殴られたりしてない?蹴られたりナイフで突き刺されたり目抉られたり……はされてなさそうだね!目玉ちゃんとあるもんね!ははは!良かった良かった!」
「……」
ええ、何この人。
俺が引いていると宮地が丸井さんを無理矢理閉め出した。
うるさかった部屋がしいんと静まり返る。
「みんな宮地のこと気にかけてんだね」
「良く言えばな」
「目抉ったことあんの?」
「……ないよ」
「あるね、その感じだと」
余計なこと言いやがって丸井のやつ……とぶつぶつ言う宮地。少し様子がおかしい。どうした?と聞こうとしたとき、宮地がスッと立ち上がった。
「ごめん、もう関わるのやめるわ」
家まで送ると言って障子を開けて、そのまま勝手に行ってしまう背中。肩を掴んで振り向かせるとその表情はどこか暗い。
「勝手に決めて逃げんなよ、お前が俺に暴力振るったことなんてないじゃん」
「……」
「俺転勤族でむかしっから転校してばっかでその度にいじめられてたけど、お前だけは普通に喋ってくれてホント嬉しかった。だから俺はお前のこと好きだよ」
あれ、なんで俺告白してんだ?
恥ずかしくて顔が熱くなる。誤魔化すように「はは……何言ってんだろうな俺」と笑うと宮地に抱き締められた。
「うおっ、なんだよ急に」
「初めてなんだ」
「な、なにが?」
至近距離で聞こえる声にドキドキする。
「友達」
「そ、そうか」
「だからお前さえ良ければこれからも一緒にいてほしい」
「一緒にって……ははっプロポーズかよ!」
俺は宮地からようやっと離れる。宮地の顔がほんのり赤い気がするがそこは言わないでおこう。お互い様だし。
「あ!もう十八時過ぎてんじゃん!うち早く帰んないと怒られるんだよ」
「送ってく」
「チャリで?」
「チャリがいいのか?」
「うーん、徒歩にしよ、その方がたくさん話せるよ」
「……」
「……照れんなよ」
笑って欲しかったのに宮地の顔が真っ赤に染まりすごく気まずい帰り道になってしまったのであった。
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