番外編

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番外編

「隼人さんの好きなもの?」  なんだろうね~と悩む素振りを見せた丸井さん。カフェテラスで紅茶を優雅に飲む少し年上の彼は、好きなもの頼んでいいよとメニュー表を渡してきた。  えっ、ヤクザにカフェ奢ってもらって殺されないかな?と躊躇していると「隼人さんの彼氏に何かするわけないっしょ、最悪俺の首が飛ぶ~」とけらけら笑った。 「甘いの好き?俺好きなんだよねぇ、パンケーキ食べない?そうしよ!」 「いえ、俺は飲み物だけで」 「だから遠慮すんなって~、あ!店員さん、このブルーベリーバナナパンケーキ二つとアールグレイ追加で」  俺が口を開くより先にかしこまりましたと店員さんは行ってしまう。 「……、ありがとうございます」 「いーえ。で?なんだっけ?」 「隼人くんの誕生日プレゼントで悩んでて……」 「ああそうだ!んー、隼人さんの好きなものといえば喧嘩くらいしか思い浮かばないなぁ」 「喧嘩……殴り合いってことですかね?」 「うん」  パンケーキが届くと目をキラキラさせて食べ始めた丸井さんに、俺もつられるようにフォークとナイフを持ってパンケーキを口に運ぶ。甘くてさっぱりしていて美味しい。美味しいけど……まわりの目が痛い。腕に入れ墨だらけの青年と、制服を着た高校生が向かい合って仲良くパンケーキ。自分から誘っておいてなんだけど、早く食事を済ませて目的を達成させて帰りたい。 「うーん、まぁあの人は案外単純だからなぁ。プレゼントは俺!とかで良いんじゃない?」 「俺がプレゼントですか?」 「うん、このブルーベリーうまー」 「俺がプレゼント……ありがとうございます、ちょっと考えてみます」 「うん」  もうこの人に聞いてもこれ以上の答えは出ないような気がして、俺もパンケーキを完食するためにフォークとナイフを手に持った。 「神田くん家どこ?食べ終わったら車で送るよ」 「いえいえ近いんで大丈夫ですよ」 「え~送らせてよぉ、家教えてよ~」 「でも悪いですよ」 「悪くないって、ほらさっきも言ったっしょ?隼人さんの彼氏なんだから遠慮しないでって」  そう言われて結局俺の方が折れるしかなかった。  食べ終わって会計を済ませて二人で車に乗り込む。黒塗りのベンツを想像していた俺は「普通の車だ……」とつい心の声が漏れる。 「ははは!普通に決まってるじゃん、もっといかつい車だと思った?」 「はい……正直言うと」 「素直でいいね」  丸井さんは家に着くまで終始笑いながらハンドルを握っていた。  賑やかな人だったなぁと今日の出来事を振り返っていると、スマートフォンがブブブと震えた。宮地から電話だ。 「はい、もしも」 「神田か?今日なんで丸井のやつと一緒にいたんだ?お前用事があるからって先に帰ったよな?」  怒っているのが声だけで伝わってくる。 「見てたのか?声かけてくれれば良かったのに」 「見てねーよ、帰ってきたら丸井が自慢してきたんだ、今日神田くんとカフェデートした~って。くそムカつく、で?なんで一緒にいたんだよ?無理やり連れてかれたってんなら丸井を殺さなきゃならねぇ」 「怖い怖い!違うよ、無理やりじゃなくって、前に会ったときに俺から誘ったんだ」 「神田から?」 「うん、ちょっと聞きたいことがあって」 「聞きたいことってなんだよ」 「それは……」  口ごもると電話の向こうで「言って!早く言って神田くん!肺が潰れる!」と丸井さんの声が聞こえる。宮地が「うっせーんだよ」と言った後「う"っ!」と苦しみの声がして、俺は正直に話すことにした。丸井さんは悪くないし。 「丸井さんにお前の好きなもの聞きたくて」 「好きなものだぁ?」 「うん」 「なんで」 「なんでってもうすぐ誕生日じゃん」 「…………ああ、そうだった」 「自分の誕生日忘れんなよ」 「んで?俺の好きなもの分かったか?」  電話の向こうで宮地が意地悪く笑うのが分かった。 「うーん、分かったような分からなかったような」 「ハッキリしないな」 「だって丸井さんが宮地は喧嘩が好きだって言うから」 「ふーん」 「でも俺殴り合いなんてしたことないし、てかそもそも痛いのとか嫌いだし、だから他にないですかって聞いたらプレゼントは俺って言ってみたらって、でもさすがに宮地もこんなん言われたら笑っちゃうよな」 「……」 「宮地?もしもーし」 「……当日はそれで頼む」 「えっ、じゃあ本当にプレゼントは俺でいいの?」 「……」 「もしもーし、あれ?宮地?」  プツン、通話が切れてしまう。  何も否定しなかったってことは良いってことだよな?でもちょっと待てよ、俺がプレゼントってよくよく考えたらヤバくないか?ついにセックスまでいっちゃうってこと?まだキスしかしてないのに!準備とかどうすんだろ。ローションとゴム買った方が良いのかな。それとも宮地が用意してくれてるのか?  なんて悩んでいたのが懐かしい。  俺は今この前丸井さんと来たテラス席で、宮地と向き合いながらランチをしていた。どうやら彼は誕生日にカフェデートがしたかったらしい。 「美味しい?」 「甘い」 「そりゃそうだよパンケーキだもん」 「お前は?」 「美味しいよ、まあ宮地と一緒だったら何でも旨いけどな。改めて誕生日おめでとう」 「おう、ありがとな。もちろん今日は夜までお前をくれるんだろ?」 「ぶっ!」 「おい飛ばすなよ」 「よ、夜?夜ってやっぱり、その、夜?」 「当たり前だろ、今日のためにしっかり知識を入れてきた」 「……俺も、少し勉強した、頑張るね」  とまあ無事に『プレゼントは俺』作戦は成功を果たしたのだった。
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