ナイモノサガシとクリカエシ。

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ナイモノサガシとクリカエシ。

 ある時代、ある世界。  人々は世界的なパニックに陥った。  とある超大国の大統領が、こんな発表をしたのがきっかけである。 「この世界から、大切なものがなくなってしまった。それは、この世界を形作るために必要な何かだ。それがなければ、いずれこの世界は壊れて、失われてしまうことになる。……問題は、それが何なのか私にはわからないこと。なくなってしまった、その事実だけは確定的なのに、物質なのか、概念なのか、何もわからないのだ」  何十年もの間、独裁政治をしてきた大統領。  彼は暴君と賢君の両方の一面を持ち合わせていた。横暴な政策をいくつも打ち出しながら、時に弱者に手を差し伸べ、人々の心を飴と鞭で掴むのが非常にうまい人物。  自分に従う者には金と名誉を与え、逆らう者には厳しい罰を加える。  己を現人神として褒めたたえる映画を作らせ、教科書に偉大な存在として名前を記させ、子供達の教育から徹底的に支配し洗脳してきた人物だったのだ。 「大統領は、とてもお疲れで混乱しているのでは?」  そう思う人間がいなかったわけではない。  彼は何十年も、良くも悪くも国のリーダーとして重責を担ってきたのである。そのストレスで、あらぬ妄想に憑りつかれた可能性は十分にある。謎の“なくなったもの”を探させる作業より、彼の心の治療が有効なのではと考える者も少なくなかった。  だがしかし、大統領の妄言だ、なんて口が裂けても言えるはずがない。大統領の機嫌を損ねた者は、裁判も受けさせてもらえずにハチの巣にされることもあると知っていたからだ。お疲れであるせいで、あらぬ幻覚に囚われてしまったのでは。心の中でそうは思っていても、誰もが怯えて口をつぐんだのである。  そう、大統領がさらに一週間後、このような発表をするまでは。 「わたしは、この無くなったもの、を取り戻すまでは死ねない。もういい年だが、大統領の座を退くこともできん。どうか国民達よ、わたしにこの“無くなったもの”を見つけてほしい。見つけてくれた者には一生遊んで暮らせる大金と……次の大統領の地位を約束しよう」  その言葉に、誰もが目の色を変えた。  大統領が提示した金額は、野球やアメリカンフットボールの選手でさえ、一生働いても稼ぎきれないほどの金額であったからである。  何より、次の大統領の地位というのがあまりにも魅力的だった。何故なら、この国の法律は全て大統領に都合の良いようにできている。大統領令一つで、現在ある法律をいくつも無効にできるというのも大きい。  つまり、大統領になれば、この国を手に入れることができるのだ。  しかも、大統領はさらに続けた。 「なお……この対象は、我が国の国民に限らない」  その発表をネットで、テレビで、ラジオで聞いた全世界の人々は目を剥いた。  地位と名誉と正義。全てを手に入れる機会が訪れたのだと。
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