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「流石に年食ってきて、隠居しないとまずいと思ったんじゃねえの?お疲れだったのは間違いないみたいだしな。医者にかかる頻度も多かったとか、変な占い師に頼ってたとか、そういう噂もあったし」
「仮に隠居するなら、自分の息子とか娘とかに譲りそうなもんだろ?実際、この発表聞いて息子や娘は驚いてひっくり返っていたみたいだし、事前に相談なんかなかったんだろうさ。なんで赤の他人に譲るんだ?しかも、我が国の国民じゃなくていい、なんて普通じゃないぞ」
実際、と僕は窓の外を見る。
僕達が本拠地を置いているビルの外では、今日も謎のデモ団体が練り歩いている。
なくなったものを見つけるのはみんなでやりましょう、お金は貧しい人々に平等に分けましょう、次の大統領まで独裁政治をすることなどあってはなりません――という、どこぞの宗教団体だ。
大統領が発表をしてから三か月の間に、こういう連中が爆発的に増加していた。
恐らくみんな知っているからだろう。欲にまみれた人間が例の国の大統領になったら大変なことになる、と。
なんせ、A国は広大な土地や国民のみならず、世界でもトップクラスの軍事力を有していることでも有名なのである。少なくとも、例の国が隠し持っているとされている核爆弾を全部ぶっぱなしたら、地球が五回は滅ぶだろうと言われているのだ。そんなものを、どこの馬の骨ともわからぬ人間に渡すことはできない――とまあ、そういう考えはごくごく自然なものである。
残念ながら、そう主張している本人達に欲が一切ないとは思えないわけだが。
「A国は、他国からもずっと反発を受けてきた。敵は俺たちがいるB国を含め非常に多いと言っても過言ではない。B国や敵対国の奴が“なくなったもの”を見つけて大統領になったらどうなるのか、わからないほど馬鹿なわけじゃないだろう。何でこんな厄介な真似をするんだか」
「さあなあ」
僕の言葉に、アンドレアスは肩を竦めた。
「あるいは……本当に、なくなったもの、があるのかもしれねえなあ。それで、そいつを見つけるためなら国も地位も捨ててもいいと思ってるとか。……そうしなきゃ、マジで世界が滅ぶと思ってる、とか?」
「まさかあ」
確かにそれが本当ならば、血眼になって世界中に依頼するのもわからないでもないが。
「なくなったものが何なのかもわからないのに、何かがなくなったってどうしてわかるんだ?それこそ矛盾しているよ」
この騒動はいずれ終わるだろう、と僕は思っていた。僕達か、あるいは別の誰かが適当にでっちあげた“なくなったもの”を大統領に見せつけて承認されるか、もしくは大統領の気が変わってこの“お願い”を取り下げてくるだろうと考えた故に。
しかし。
“なくなったもの”を見つける人間は現れなかった。
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