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人が、突然記憶を失う。
わかっているのは、その人が会社の休憩所とか、トイレとか、コンビニとか、どこかに出かけて一人になったタイミングで記憶が消えているらしいということだけ。
とある会社の専務は喫煙所に向かい、戻ってきたと思ったらこうなっていた。
彼氏とホテルでいちゃついた後、用事があるからと一人で帰った不倫女性は通りがかった公園で錯乱状態になっているのを発見された。
一人で学校に帰る途中だった小学生の男の子は河川敷で茫然としていて、部活で備品を取りに倉庫に向かった女子中学生は倉庫で悲鳴を上げた。
みんなみんな、何が起きたのかもわからないうちに記憶を失い、パニックになって誰かに見つかるのだ。その症状を発症した人々に共通点は一切なかった。強いていうなら、関東圏などの人口密集地帯が少し多い、というくらいである。
「坂東、なんも覚えてないのか?」
「……悪い、ごめん」
病院に一時入院することになった坂東。お見舞いに行った先で尋ねるも、彼は困惑したように首を振るばかりだった。
医師によると、単に自分のことを忘れているだけじゃなく、一部は道具の使い方とか一般常識も忘れてしまっているという。具体的には林檎を見てもそれが食べ物だとわからなかったり、スプーンを見て武器と勘違いして怯えたりといったことをしたようだった。
「えっと、お前……牛島つったっけ?俺と、一緒に勉強してたって。学校に通ってた、んだよな?何も覚えてなくてごめん。お見舞いに来てくれるってことは、友達だったんだよな」
いつも元気で明るく、強気な言動が目立った彼。今は自信なさげに微笑む様を見るとあまりにも痛々しい。
まだ坂東には言っていないが、実は彼の姉も同じように記憶喪失で発見されているのだ。通話記録によると、確かにあの日坂東の携帯に電話をかけていることがわかっている。坂東は姉に会いに行って、その時姉ともどもなんらかのトラブルに見舞われた可能性が高い。
が、残念ながらこの学校の周辺には防犯カメラなんて便利なものはなかったし、姉も記憶を失っているので何が起きたのかはさっぱりわからないのが実情だった。なんらかのウイルスなのか、それとも何者かに襲われたのか。どちらにせよ、原因がわからないのが恐ろしかった。
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