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「まあ、そこそこ仲良かったと思うよ、僕達」
少しでも早く、彼の記憶が戻るよう手伝いができたらいい。今日僕は、その一助になればといくつか道具を持ってきていた。
「とりあえず、お前が好きだったポカリ持ってきた」
「ぽかり?」
「ポカリスエット。飲み物だよ。あー、それも覚えてないのか。とりあえず触ってみ」
「う、うん」
僕は彼に、詰めたいポカリスエットのペットボトルを渡す。飲み方を覚えていないのは確かなようで、坂東はペットボトルをひっくり返し、さかさで振り、不思議そうに右手の指で底の凸凹をいじっている。
ポカリは水!と主張するほどこれが好きだったのに、本当に忘れてしまったのか。なんだか悲しくなって、それを振り払うようにもう一つの道具を取り出した。それは。
「坂東、ほれ、キャーッチ!」
「え」
僕はかるーく、持ってきたバスケットボールを彼の方に投げた。坂東は生粋のバスケ少年。片手でかるがるとボールが持てるほど手が大きく、日本人離れした恵まれた体格もあり、一年生ながらバスケ部の期待のエースと呼ばれていた。大好きなバスケのボールを見れば、何かを思い出すかもしれない。そう期待してのことだ。
「わ」
やはり、体は何かを覚えているのだろうか。坂東はとっさに右手でボールを捕まえてみせた。パシッ!と小気味良い音がする。
「ナイスキャッ……」
キャッチ。そう言いかけた時、僕は凍り付いた。
人が、とっさに何かをキャッチする時、真っ先に出るのは通常利き手である。今、彼は右手でボールをキャッチした。ペットボトルをひっかく時も右手の指を使っていた。だが。
『ごめん、電話。姉貴からだわ。ちょっと話してくる』
本来の彼は、左利きのはず。あの日も、左手でスマホを持って教室から出ていった。
記憶喪失になっても、体は同じ。利き手が変わることなどないはず。
と、いうことは。
「お前……誰だ?」
僕がそう尋ねた瞬間。
坂東の顔がぐにゃり、と溶けて――背中から黒い触手が何本も飛び出してきたのだった。
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