signal sing

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「ツーツツツーツー♪」  また始まった。  自転車を押す俺の隣を歩く彩海はご機嫌な様子でハミングしている。  中学校に入ってからそれなりに歌番組なども見るようになったけど、彩海の口ずさむ歌はどれも聞いたことの無いものばかりだった。  今日はメロディだけだけど、歌詞がついているときもよくある。 「それ、何の歌?」 「んー。なんだろう?」 「いや、俺に聞き返されても。知らない歌を歌ってるのかよ」 「知らないっていうか、何か空から感じるっていうか」 「出たよ。彩海さ、絶対なんか変な電波受信してるって」 「ああ、確かにそんな感じに近いかも。流石、八雲」  ポンっと手を打って無邪気にニコニコ笑う彩海に、喉元まで上がってきていたため息も枯れていった。電波かあ、と呟きながら彩海は空を見上げる。普通、電波を受信してるなんて悪口のはずなのに、彩海には通じないらしい。 「前見て歩かないと危ないぞ」 「八雲がいるからだっいじょうっぶー」  彩海は小さくリズムを刻みながら、空を見上げて歩いていく。この辺りの住宅街を車が走ることは少ないけど、彩海の周囲に気を張りながら自転車を押す。  いつからかマイペースな幼馴染の面倒を見るのは俺の役目になっていた。いつでも楽しげな彩海の隣は心地いい場所には違いないけど、時々不安になることがある。 「彩海さ。多分高校は別なんだけど、大丈夫かよ?」  両親の意向で彩海は県内有数の女子高を受験するらしい。それに、こんなマイペースでフワフワした彩海だけど、成績はすこぶるいい。つまり、高確率で彩海とは別の高校になる。流石に女子高の前まで迎えに行くのはハードルが高そうだし。 「んー、どうしよう?」 「高校入学を機にしっかりとした彩海に生まれ変わるというのは」 「人には向き不向きっていうのがあるんだよ?」  とぼけたようなことを彩海は真面目な調子で言う。確かに、しっかりとした彩海っていうのは、学校に宇宙人が襲ってくるくらい現実から遠いところにあった。高校でしっかり彩海の面倒を見てくれるような友達ができればいいのだけど――それはそれで少しだけ寂しい感じもする。 「まあ、なんとかなるよー」  小さくあくびをしてから、彩海がへらりと笑う。その顔を見ていると、俺ばっかり心配するのが馬鹿らしくなってくる。だけどやっぱり心配なのだ。彩海は昔からふらりとどこかに行ってしまうようなところがあって、両親や先生からどれだけ怒られても諭されてもそれだけは治らなかった。過保護かもしれないけど、傍についていないと本当にどこか手が届かないところまで行ってしまうのではないかと不安になる。 「彩海はお気楽でいいよなあ」 「八雲が隣で見てくれてるからねー」  彩海はリズムをつけてそんな言葉を放つと、ツーツーと再びハミングをし始めた。調子の外れた不思議な歌。邦楽とも洋楽とも違う、古典的な音楽からも遠くにある――もしかしたらこの世の外にさえ広がっていそうな歌。 「あ、そうだ。受験終わったら、またあの場所で歌いたいな」  あの場所とは、中学校から少し離れたところにある山の中にある、彩海と俺の秘密の場所だった。といっても、街中がよく見渡せる高台で、そこなら周りを気にすることなく、彩海が気持ちよく歌えるってだけだけど。 「そうだな。落ち着いたら、また行くか」  そんな彩海の歌を聞きながら、もう少しだけこんな日々が続くように、空の遠くへ願いを込めた。
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