signal sing

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――ツーツーツー……  目を覚ますと、耳元に受話器が落ちていた。誰かに電話をかけようとして寝落ちしたみたいだけど、誰に電話しようとしていたかは覚えていない。  三十歳になって、露骨に体力が落ちた気がする。昔は一徹や二徹くらいなんともなかったのだけど、最近は睡眠時間が短くなっただけで仕事に支障が出る。手探りでスマホを取り出すと、時間は二時だった。AMの、だけど。 「八雲君、懲りずにまた無理してるね」  とっくに誰もいなくなっていたと思ったから、そんな風に声が聞こえて来てドキリとする。慌てて声の方を振り返ると、先輩である主任研究員の瑞穂さんが昼間は見せないメガネ姿でパソコンと睨めっこをしていた。 「瑞穂さん、まだ残ってたんですか?」 「それは私の台詞なんだけど。八雲君、別に今追い込むような時期じゃないでしょ」 「そっか。瑞穂さんは中間報告の時期でしたっけ」  瑞穂さんも俺も国の研究機関で宇宙関連の研究をしている。  国の研究機関、とはいえ、最近はロケットや観測衛星などに予算が割り振られているから、俺たちみたいな外れた分野の研究者は別の機関から委託を受けたり、外部の研究資金を獲得してやりくりしているのが実情だった。  そういうのは当然自由に予算を使えるわけじゃなくて――自分たちの組織の予算だって自由に使えるわけじゃないけど――折々で評価を受けながら研究をしていく必要があって、瑞穂さんはまさに中間評価の直前だったはずだ。 「八雲君はこの前終わったばっかでしょ。休める時に休まないと身体が持たないよ」 「……それでも、一日も早く解き明かしたいものがあるんです」  俺の言葉に瑞穂さんは手を止めると、何か言いたげな視線を俺に向けた。  だけど、多分瑞穂さんが一番言いたいことはため息とともに吐き出されて、代わりに肩をぐるぐると回し出す。 「歳をとるとね、自分の情熱と体力のバランスをとらなきゃいけなくなるの。これは人生の先輩としてのアドバイス」 「俺と三つしか違わないじゃないですか」 「その三年はね、段々と体に無理が効かなくなりはじめる大きな三年間なのよ」  瑞穂さんの言葉は真に迫ってたし、薄っすらと実感し始めている。こうして瑞穂さんと話していても、頭の奥の方が靄がかかったような感じがしてどんよりと重たかった。 「わかったら、ほら。帰れとは言えないからせめて仮眠をとってきなさい」  瑞穂さんから押し出されるように執務室を後にして、大人しく仮眠室へと向かう。空いているベッドを見つけて潜り込んでカーテンを閉めるけど、不思議と目が冴えた感じで眠りは訪れなかった。  さっきまで見ていた夢のことが何度も頭の中を巡っていた。  十五年程前の懐かしい夢だった。少し不思議な歌を歌う幼馴染。  ポケットに入れっぱなしだったスマホを取り出してみる。待ち受けにはしてないけど、当時の写真はまだ残してあるし、彩海の歌もいくつか残っている。 画面には合格発表の掲示板を前に笑みを浮かべる彩海が写っていた。  結局、彩海は志望通りの女子高に受かって、俺は志望より一個ランクが上の高校――別に彩海の志望の高校が近いとかそういう理由じゃなくて――に合格した。    彩海が新しい環境でちゃんとやっていけるのか心配だったけど、その心配は杞憂だった。   ――高校入学を目前に控えた夜、彩海は突如として行方不明となった。
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