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ほんとに辺鄙なところにあるな。
令状片手に王都から馬車で30分。そこからさらに徒歩で30分。街の匂いが薄れ、だんだん緑の匂いが濃くなってくる。
本当にこの道であってるよな。そう心配になってきた頃に、その研究所は姿を現した。
「……っふう……、」
ハンカチで額の汗をぬぐう。懐中時計を取り出すと、ちょうどお昼の時間だった。右手に持っている昼食の入ったバスケットの重さがうらめしい。くそ、すぐに食べて空っぽにしてやるからな。お腹もさっきから鳴りっぱなしなんだ。そして左手に握りしめた令状は汗と握力でシワシワのぐちゃぐちゃ。これは上官に怒られるかもしれない。でも俺の初仕事、どうか上手くいってほしい。こんなの簡単な仕事だ。俺ならぜったい大丈夫。
そう、だってこれはただの招集、もとい徴兵なのだから。令状を見せて、事の説明をするだけ。大丈夫大丈夫。
深呼吸をしてから、ビーッ、とドアベルを鳴らして応答を待つ。
にしてもすげえ。なんか王都の建物と全然ちがう。王都はもう贅を尽くしましたって感じの意匠の凝った建物ばっかだけど、この研究所は白一色だ。シンプルでかっけぇ。さすが天才科学者が住んでるっていう――
「はい」
「うおっ」
急に出てきたから、ビックリして情けない声出しちまった。やり直したい。
ちょっと恥ずかしいと思いつつ、でも毅然とした態度で俺は出てきたソイツを見た。
イケメンだ。この研究所に似合わない粗末な恰好してるけど、いかにも好青年って感じだな。いや、たぶん俺も同じくらいの年だけど。一言でいうと男前だ。上背もあって、体格も適度にガッシリしてる。なんか俺より軍人向きな体つきだ。……え、コイツがジェリー・グレイってやつか?なんか上官から聞いてたジェリー・グレイ像とだいぶかけ離れてるぞ?
「……なんか用ですか?」
色々混乱してると、そいつは不思議そうに首をかしげた。おっといけない、舐められる前にビシッと決めないと。
「道に迷ったんなら、そこの大きい道をひたすら南下すれば街に……」
「んんッ、違います!ええとですね、本日はお話があって参りました。政府の者です。ほら、これ令状。ジェリー・グレイってあなたですよね?」
「え?いや……ジェリーなら中にいるぞ。話ってなんだ?ジェリー呼んでくるか?」
「えっ、違うんですか?」
素っ頓狂な声をあげてしまった。また情けない声を……いや、それより。
え、じゃあコイツが――?
俺は暗記してきたジェリー・グレイについての情報を思い出す。
資料にはグレイは一人暮らしって書いてあった。上官もそう言っていた。つまりこの研究所を訪ねた時に、ジェリー・グレイ以外が出てくるのはおかしい。しかし資料にはこうも書いてあった。ジェリーグレイには同居しているものがおり、そいつが今回の……徴兵の対象であると。
「あ、あの、じゃああなた……んんッ、いや、お前名前は?」
「俺?……、いやまず、あんたが誰だ。名前は?」
「いやいやお前が先に――」
「あれ、アサギ、お客さん?」
玄関先で押し問答をしていると、奥からもう一人男が出てきた。白衣を着ている。なんか美術館で見たことあるような顔だ。つまり彫刻とか絵画とか、そういうのに紛れていてもおかしくない容貌。端的に言うとかなりの美形だ。コイツは俺の聞いていたジェリー・グレイ像とぴったり合う。グレイ(仮)は俺と目が合うとニコッと微笑んだ。
「違うぞジェリー。今のところ不審者だ。名を名乗らない」
「え?」
「不審者じゃない!不敬罪で監獄に入れるぞお前!」
「じゃあ名乗ったらどうなんだ。約束もなしにいきなり訪ねてきて名も名乗らないなんて、そりゃないんじゃないか。お前は政府の役人って言ってるが、その軍服も偽物かもしれない。政府を装ってジェリーの発明品を盗みに来たとかな」
「ち、違う!疑うんならこの胸の刺繍見てみろよ!階級章も軍のバッヂも縫い付けられてるだろ!正式にここに来る任を任されたんだよ!」
「どう?アサギ」
「んー……あ、本物の王都が使うバッヂだな」
「じゃあこのお役人さんは本物か」
「そうみたいだな。悪かった。まぁアポなしって事には変わりないが……で、話ってなんだ」
「俺はグレイに話があって来たんだ。用件はグレイに話す。事によっちゃお前にも話すが」
「だとさ。どうするジェリー」
「うーん……政府の人をあんまり粗末に扱うと、後で面倒だからね。お話は聞くよ。まぁでもどうせ、いつもみたいな研究の進捗についての話とかでしょ?」
「令状持ってたぞ」
「え?なにかしたかなぁ……あ、特許についての話?別になんとなく取っただけだから、国が欲しいって言うんならあげますよ」
「え、お前そうやってホイホイ特許手放すのやめろよ。もったいないぞ」
「そうかな。でも別に他の発明品だけでも食べていけるし。それで満足してくれるなら良いんじゃない?」
「それなら国に売り渡すんじゃなくて特許を解消した方が良くねぇ?誰でも使えるようにさ」
「確かにね。それでもいいですか?」
「なんの話だ!俺は戦争についての話をしに来たんだ!徴兵だよ徴兵!」
ここでやっと二人が息をのんだ。
ふん、といってもジェリー・グレイの徴兵の話じゃない。というかもしこの男前な長髪野郎がグレイの同居人じゃないってんなら、こいつも気に食わないから徴兵してやろうか。他国から来た旅人だったら無理だが、自国の奴ならお前も健康そうだし問答無用で徴兵だ。
「徴兵、ですか……」
「ふー……、はい、まぁそういうわけですから……とりあえず、上がってもいいですか」
俺は軍帽をかぶりなおす。ちょっと冷静さを欠いた。いや、だいぶ。
◇◇◇◇◇
リビングに通された俺は、物珍しさを隠そうともせずあたりを見回した。俺は科学者じゃないから、何に使うかも分からない器具や工具が至る所に置かれていた。それでもそこまで散らかってるようにも見えない。家事してるやつが上手いんだろう。置き方が工夫されていた。
「――で、用件というのは」
グレイが椅子に掛けるなりそう切り出した。まぁ待てよ。焦る話題なのは分かるけどさ。こっちもこっちで腹減ってんだよ。
「あー、それより先に、まず名前の確認をしていいですか?あなたがジェリー・グレイ。合ってますね?」
「はい」
「そして、ここはジェリー・グレイの住宅兼研究室」
「そうです」
「で、そっちの男は……」
ちらりと長髪野郎を見やった。あいつはトレーに紅茶を二つ乗せて、グレイと俺に出しているところだった。カップが二つしかないところから見ても、あいつは話し合いには参加しないらしい。まぁグレイに用かあるって言ったしな。
グレイがあいつに紅茶のお礼を言ってから口を開いた。
「彼はアサギといいます。僕の同居人です」
「同居人。どういう関係ですか?血縁?」
「違いますよ」
「じゃあ何ですか?」
「それ答える義務あんのか?」
アサギが横から口をはさむ。トレーを片付けてグレイの隣に座った。なんだよお前も参加すんのか。
「別に……今のところは無いけど」
「じゃあいいよな。続けてくれ」
なんかいちいち憎たらしい。だがまぁ当然といえば当然だ。国が勝手に始めた戦争で国民が徴兵されるんだからな。怒り心頭だろ。そんな知らせ持ってくる奴を歓迎する方がおかしい。
「じゃあ早速………あれ、お前紅茶いいの?」
「ん?」
俺はアサギの前の何も置かれていないテーブルを指さした。
「紅茶。俺とグレイには出して自分は飲まねーの?」
「この家はグレイと俺の二人暮らしだからな。カップが二つしかない。俺はいいよ」
「マジ?それなら俺これ持ってきたけど。グラスも」
俺は持ってきたバスケットの中から葡萄の絵が描かれたボトルを取り出した。
「なんでだよ」
「上官から持ってけって言われて」
「なんでだよ」
「まぁいいじゃん。飲めよ」
「せっかくだが俺アルコール苦手だから」
「どっこいこれはジュースだ。葡萄ジュース。仕事中にワイン飲むわけねーだろ」
「戦争始めようとしてるイカれた国ならあり得るんじゃねーか?」
「うるせぇ。いいから飲め」
そう言って俺はグラスにジュースを注いだ。ついでにサンドイッチも一つ付けてアサギの前に置いく。困惑するアサギ。
お前も飲めよ?という意思表示のつもりで俺もアサギが淹れた紅茶を一口飲んだ。
うっま。
「……んん、では本題に入りますが。ジェリー・グレイ。あなたが現在個人的に所有しているロボットは何ですか?」
「…、サ…、コーラル・ピンクの事ですか」
「そう。コーラル・ピンク。申告にもありますね。見せてください」
「いいですけど。……サクラ!」
『はい お呼びでしょうか マスター』
どこからか声がした。凛とした女性の声だ。
いや、どこかじゃない。俺の後ろだ。そう思って振り返ったけど、声の主らしきものは見当たらなかった。
「どこですか?」
「そこです、そう。そのサクラ色……失礼、コーラルピンク色の箱があると思うんですが」
「これですか。……手に取ってみても?」
「はい」
俺は手のひらサイズの小さな箱を持ち上げた。線が一本ついている。たぶんこれでエネルギーを供給してるんだと思う。音声を発するたびに箱の縁のラインがチカチカとピンクに光った。信じられない。この小さいのが喋ったのか?
「……これが『コーラル・ピンク』ですか」
「そうです。僕は、サクラと……あ、僕の生まれは東洋の島国なんですが、そこではその色を『サクラ色』って言うんですよ。だからサクラって呼んでます。あなた方に提出した書類には『コーラル・ピンク』として登録していると思いますが」
「そうですね。で、これは何をするロボットですか?」
「…記載しているとは思いますが――明日の天気や、最近のニュース、国の情勢……そういうのを、ラジオで王都が流していると思うんですが。サクラはそれらから僕たちに関係ある情報だけを抜き取って、アナウンスしてくれます。あとは料理のレシピとか、破れたセーターの繕い方とか……人工知能ですから、作るときにいろいろ教えて、彼女自身も学び続けているんです。だから、そういうことを聞くと答えてくれます。この前も新しいレシピを考案してくれましたよ。それからカメラもついているので、今あなたがのぞき込んでいるのも認識しています」
「え、マジ?」
「はい。部屋の状態も把握しているので、無くしたと思った工具も置き忘れた場所を教えてくれたりしますよ。それから、ロボットを作るにあたって必要なパーツの在庫が少なくなったら知らせてくれたりとか、そういうのも。まぁ、音声で生活を助けてくれるロボットですよ」
「なるほど。すごいな」
『ありがとうございます』
ビックリして俺はコーラル・ピンクを落としそうになった。しゃ、喋った。俺にも。
チカチカ光るコーラル・ピンク。透き通った流暢な発音はすげえ感情こもったような言い方だった。ジェリー・グレイ、マジモンの天才だな。
「サクラ、その人はお客さんだ。親切にしてあげて」
『かしこまりました』
グレイの声に応答するコーラル。え、親切にしてくれるのか。紅茶なくなりそうだったらグレイたちに教えてくれる、とか?まじか。え、え、もっと話してみたい。
「……なに言っても答えてくれるのか?」
「うーん、そうですね。まぁたいていの事は。わかる範囲で答えると思いますよ」
「じゃあ、好きなタイプとか聞いたとしたら?」
「それは――……サクラ、答えてあげて」
『はい 私に好きなタイプは 存在しません 私には 意思が ないので そういったことは 考えません』
「……まぁ、こういうことですね」
「あー、そっか、そうだよな。……うん」
やべえ、舞い上がりすぎて何しに来たか忘れるとこだった。さっき俺グレイに哀れなほど愚かな質問してなかったか?好きなタイプとか……会話できるロボットったって、所詮は機械なんだから。
「あ、ただですね、サクラは好きな色だけはプログラミングしてるんですよ」
「そうなのか?……コーラル、何色が好き?」
『はい コーラルピンクが 好きです』
「捻りがねぇー!」
「はは、だってそこから名前取ったんですから」
「って言ったって、そのピンク好きもお前が決めたことなんだろ」
「まぁそうなんですけどね。ロボットの性別は女性にしようと決めたので、そこから安直にピンク好きかなと……でもですね、意思のないロボットにも、一つくらいそういう設定があると個性を感じたりするんですよ」
「え?どういうこと?」
「例えばサクラはピンクが好きなので、そういう色の花が咲いたという王都のニュースが流れてくると、僕らがピンクの花に興味がなくても伝えてきます。『好きなものは他人にも伝えたいはずだ』というサクラの人間の学習結果ですね。だからピンク色に関する情報はよく伝えてくれるんです」
「へぇ~……」
ロボットって奥深い。俺はちょっと名残惜しくなりながらもコーラルをもとの位置に戻した。
「……で、これが一体目のロボットですか」
「まぁロボットというか、人工知能ですが――一体目って、どういうことです?サクラだけですよ、うちにいるのは」
「違いますよね」
「違いませんよ」
グレイがゆったりと紅茶を飲む。落ち着き払っていて、あまり嘘とも思えない。でも、俺が上官から聞いた情報だと……絶対にもう一体いるはずなんだ。
「お前は12年前に一度……人型のロボットを作ろうと試みている」
「………、…そうですね、そんなこともありました。でも僕には難しかったです」
「そんなことはないはずだ。この技術力を見たらわかる。グレイ、お前はそれを完成させた。でも、我々政府には『完成したが、すぐ壊れてしまった。修復は不可能』と報告している。以来、一度もそれについては成功事例が上がっていない」
「ですから、上手くいかなかったんですよ。修復もほんとうに無理でした」
「そうだろうか。……いや、そもそも本当にそのロボットは壊れたのか。壊れたと嘘をついたのではないか、と政府は思っている」
「ほんとうですよ。もうどう直せばいいかも分からない壊れ方でしたから」
「それにしてはおかしい。それからだいたい三年ごとに、お前は最初に人型ロボットを作ろうと試みたときに要求した材料――シリコンとか人口毛とかカメラとか――を取り寄せている。これがちょうど半年前にもあった」
「だったら何ですか?」
「成功して、壊れずそのままアップデートをしているんじゃないか――それが俺たち政府の見解だ」
「見解というより妄想じゃないですか?なにひとつ証拠になってないと思うんですが」
「もしこれが、同じ量の材料を取り寄せているんなら分かる。何回もトライしてるんだって思う。けど、毎回材料が多くなってる。……ロボットは成長できないから、グレイがそのロボットに三年ごとに成長したボディーを作り直してやってるんじゃないかって」
「それも推測だ」
「もう一個、決定的な証拠がある。それを言う前に、ちょっと確かめたいことがある。……グレイ、お前は発明品に色の名前を付けている。機織りロボットには『ミルキー・ホワイト』。豊作か凶作かを予測するロボットには『レモン・イエロー』。この研究所の人工知能には『コーラル・ピンク』。そしてグレイが12年前一度成功して登録して、すぐ壊れたからと削除した人型ロボットの登録名は、『ターコイズ・ブルー』……。なぁコーラル」
『はい なんでしょう』
「ターコイズブルーって、グレイの生まれた東洋の島ではなんて言うんだ」
「っ、」
『はい 様々な 言い方が ございます 縹色 空色 藍色 などですが もっとも 近いのは 浅葱色 でございます』
「サクラ!!」
グレイが明らかに動揺したのが分かった。でもコーラルは親切にしろと言われた俺の質問に答えただけだ。
来た時からからずっと思っていた。アサギという名前。この国では耳なじみがない発音。さっきコーラルをサクラと呼ぶ理由を聞いて、もしかしてと思った。結果は予想通りだった。
「……、偶然だ」
「それはないだろう。……もう一つの決定的証拠だが、お前たちがよく行く朝市に最近軍の兵隊が見回りを行っている。そこでグレイとよく一緒に歩く青年を見たという者がいた。一緒に歩いていたのはアサギだな」
「ああそうだ俺だ。だったらなんだ。一緒に買い物くらい行くだろ」
「そうだな。でもそれだけじゃない。俺たちは朝市の店の店主たちに聞き込みをした。最近その連れの男は来ていたか、と」
「……」
「もうわかってると思うが、来ていなかったと言っていた。これは予測だが、急にボディーが成長すると怪しまれるから、一定のあいだ会わないような期間を設けたんだろ。久しぶりに会っても、会ってない間に背が伸びたとかなんとか言えるように」
「それだって本当に予測に過ぎない」
「まだあるぞ。俺たちは更に聞き込みをした。その二人組は、いつも何人分の食糧を買っていくかと。一人分だと言っていた。肉も魚も果物も、いつもお前たちは一人分しか買わない。……ロボットだから、食べられないんだろ」
事実まったく減っていない葡萄ジュースとサンドイッチを見た。それに気づいたアサギが俯いた。俺はそれを分かった上で出していた。罪悪感は……正直感じる。
「ごめんな、上官からの命令でさ。食料を持って行って、食べられなかったらそれはもう決定的だから…そいつがロボットである証明になるからって。確信を得るためにわざとやった……」
押し黙る二人。俺がいまこの二人の日常を引き裂き始めた。
「単刀直入に言う。こいつは人間ではなくロボットだな。……名前もアサギじゃない。ターコイズ・ブルーだ」
静かな研究室に俺の声だけが響く。こいつらに取ってはそれは当たり前の事実だったんだろうが、おそらくそれが外部にバレたのは初めてのはずだ。
「……なんで隠してた?」
「なんでだと思いますか?」
「さぁな。分からないから聞いてんだ」
そう言うとグレイは困ったような疲れたような目をして答えた。
「自覚あるでしょう。…あなたたちは、僕が作ったものを片っ端から持って行ってしまう。自分用に作ったものでもそうだ。研究資金をもらってるから当然と言うかもしれないですが、それにしたって酷い。僕が10歳のころ苦労して作った家事用ロボットを持っていかれたときは唖然としましたよ。王都には生身のメイドがあんなにたくさんいるのに、それでもまだ欲しがるのかって」
「それは悪かったな」
「……もうそれはいいんです。でも僕は2年後にアサギを作りました。家事用ロボットを作ったときとは違って、なにか役割を持たせようと作ったんじゃありません。友達のかわりに作りました。だからアサギには役割ではなく感情を持たせた」
「………で、それもバレたら持ってかれると思ったんだな」
「そうですよ。事実そうでしょう。材料を請求しておいて何も音沙汰がなかったら怪しまれますし、一度完成した時に形だけ登録はしましたけどね。すぐに壊れたことにしました。登録した際も、感情を作ることに成功したとは言っていません。ただ人型のロボットを作ったとだけ。その方が政府も興味を持たないと思いましたから。……感情あるものを扱っていいのは、同じく感情あるものだけですよ。あなたたちのような血の冷たい政府に、間違ってもアサギを――僕の親友を渡すことはできない」
断言するグレイ。睨み殺されそうだった。
アサギ――もといブルーの方が鋭い目をしているのに。柔らかい印象のグレイがこんな強烈な殺意を放つとはびっくりだ。
それでも俺は話を続ける。
「それは俺に言われたって困る。俺はそういう決定権はないし、これは徴兵であって、言ってみれば俺はただのメッセンジャーなんだ。そういう交渉は本部とやってくれ」
「徴兵だろ?だったらなんで俺の事を暴く必要があったんだ。嘘をつくなっていう政府からの釘差しか?」
「違う。そもそも徴兵の対象はグレイじゃない。……ブルーの方なんだ」
グレイの呼吸が止まった。
「ふざけるな!!」
激昂するグレイ。それをブルーが宥めた。立場が逆じゃないのか。
「だから俺に言われても困るんだよ……!なんならグレイ、お前は徴兵の対象外だ。国きっての天才科学者だからな。そのことに感謝するべきだぜ」
「関係ない。何がどうしてそうなる。意味が分からない。代わりにアサギを差し出せということか?」
「違う。いいかグレイ。ブルーが感情を持っているというのも政府にはバレている。なんせ聞き込みをした市場で誰一人ブルーがロボットだって気づかなかったんだからな」
「ロボットじゃない人工知能だ」
「わかった、人工知能な。……で、つまりそこから政府は…人間と遜色ない思考力・感情・身体能力を備えた人工知能を、グレイが開発していたって気づいた。……それで、………」
「……それで?……」
俺は深呼吸する。これ、次の言葉を言ったらグレイがぶっ倒れるんじゃないか。あるいは国相手にグレイが戦争を起こすとか――考えて、それならもうどうしようもないから、俺はありのままの言葉を落とした。
「ブルーを、戦争の第一線で戦わせることに決まった」
「………」
「食料がいらない、伝染病にかからない、壊れても直せる、それでいて人間と同じかそれ以上の思考力と身体能力。……悪いがグレイが作ったその人工知能は、これ以上なく戦争に向いてるんだよ……」
絶句するグレイ。もともと白い肌が、もっと真っ白になった。さっきまで怒りで体が震えていたのに、今は血の気が引いている。指先に力が入っていない。
それとは対照的にブルーは怒りと興奮で頬が紅潮している。目が引きつって、嚙み締めた唇はそこだけ血が透けてるように赤い。顎に力が入ってるのが分かる。肌の質感も本物みたいだし、そもそもこうして考えると顔色という概念があるのがすごい。どれだけの技術なんだ。ロボットって分かってるのに、未だに信じられない。
そして一番以外だったのが、そのブルーがグレイほど動揺していないことだった。
「あの、ブルー……」
俺が声をかけると、ブルーはグレイの肩に手を添えたまま俺の方を無言で見た。心なしか、目の奥に静かなターコイズブルーが光った気がした。
「分かってるよ。……俺行くから大丈夫」
「アサギ!!」
「ジェリー、しょうがない。しょうがないだろ。俺だって行きたくない」
「行かなければいい」
「そうもいかない。ただでさえ政府に噓がばれた。これで徴兵まで拒否したらどうなるか分からない」
「……っ、でも……!」
「グレイ、残念ながらブルーの言うとおりだ。お前の身の安全のためにもブルーは戦争に行った方がいい。幸いブルーは……その、壊れても直せるだろ」
「それがダメなんだ!お前たちは死なない兵隊が欲しいだけだろう!そんなの許さない!」
「じゃあどうするんだよ!」
ブルーの大声にグレイが閉口した。
多分、推測だけど。この二人は喧嘩はおろか、怒鳴りあいもしたこと無かったんじゃないか。慣れてなさそうな言い争いを見てそう思った。
「ジェリー、大丈夫だよ。生きて帰ってくるから」
「というかグレイ。そもそも戦争は今すぐ始まるわけじゃない」
「………いつかは始まるよ……」
「…、でも、それがなるべく遅くなるように、いや、戦争そのものを回避できるように俺たちも努力する。たしかに近いうちに始まる可能性は高い。でも、」
「もういい。政府の事なんて最初から信じてないさ。もう何も言わなくていい」
「ジェリー……」
うなだれたグレイの背中をさすって、ブルーが俺の注いだジュースとサンドイッチを返してきた。俺はそれらを受け取って、代わりにその手に令状を握らせた。
「ご足労ありがとうな。帰って本部には『ブルーが徴兵に応じるのでグレイがついた嘘については不問にしてほしい』って伝えてくれ」
「あ、ああ……」
「腹減ってんだろ?行きに見たかもしれないが、このラボを出てすぐのところに草原があるから、そこで食べるといい。気持ちいいぞ」
食べ物なんて口にしたことも無いだろうに、ブルーはそう言って笑った。
なんかすげぇ辛かった。だってそうだろ。俺だって最初からグレイの同居人がロボットだって知って来たけど、ここまで人間と変わらないなんて思わなかった。ここまで感情がしっかりしてるなんて思わなかった。
思わず涙がにじみそうになって、俺はあわてて研究所を後にした。
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