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「………で、わざわざ呼び出してなんだね」
私は非常に不機嫌であった。
周りを囲う豊かな緑やそよ風も、まったく気分の慰めにはならなかった。
理由は目の前でへらへらと笑うこの男、ジェリー・グレイにある。
天才科学者だかなんだか知らんが、生意気にも軍の上層部である私をこんな辺鄙な場所まで呼び出しおった。こいつに勲章の20や30なければ絶対に応じない呼び出しだった。ただでさえ私は今、隣国との戦争の準備で非常に忙しい。このふざけた若造はそれを分かっているのか。しかもターコイズ―・ブルーに関しては長年嘘を付きおって。不敬である。
「こんにちは隊長。わざわざご足労ありがとうございます。どうぞ入ってください」
「…………」
私は無言で入る。後ろに連れてる二人の部下も入るように指示をした。そのうち一人は以前ここに令状を持ってこさせた下っ端だ。なぜかこいつもご指名だった。私と並べて指名するなんて不敬である。
「……椅子」
「ああはい、そこにあるので座りたければ適当にかけてください」
「……」
不敬である。自分が呼び出した人間の立場を分かっているのか。私は更にイライラしてきた。そして研究所内が異様に散らかっているのもその要因の一つだ。人を招く時の家の状態ではない。
そんなことを考えていると、下っ端が私に耳打ちをしてきた。
「……んんッ、失礼します隊長」
「なんだ」
「あちら、グレイの横におります長髪の青年がブルーです。徴兵対象の」
「そうか」
「はい。報告以上です」
すっと下がった下っ端。そのまま何かをキョロキョロ探しているようだが知らん。落ち着きがないならつまみ出す。
私はグレイに視線を合わせて片眉をあげた。用があるなら早くしろという合図だ。それを察したグレイが喋った。
「いつもお世話になってます。ジェリー・グレイです。って、知ってますよね。隊長もお忙しいと思いますし、今回は社交辞令は省略します」
「そうしろ」
「はい。ではさっそく本題に。
アサギ……ターコイズ・ブルーの事なんですがね」
「うむ」
「やっぱりいろいろ考えた結果、あなた方に渡すには惜しい友達なんですよ」
「は?」
「ですから、そんなに欲しいならアサギに勝ってください」
「、なにを」
言い終わるや否や、ブルーが大きく跳んだ。そのまま空中で体をひねって蹴りの姿勢に入る。理解が追い付かない。後ろの部下も固まっている。
「くッ!」
かろうじて鞘ごと剣を抜き、ブルーの跳び蹴りを受け止めることに成功した。大きな衝撃が両腕を伝う。ググっと後ろに倒れそうになるのを踏ん張った。腰に負荷がかかる。さすがロボットというだけあって桁違いの重さだった。が、私が衝撃をすべて吸収し鞘を振り払うと、ブルーはその反動を使って大きく後ろに跳ねて再び距離をとった。しかしまだファイトスタイルを崩してはいない。
……なんだこれは。謀反……謀反か?科学者が逆らっている。この私に。人工知能ごときまでも。
カーッと顔に熱が集まるのを感じた。二人の部下に向かって怒鳴り散らす。
「殺せ!」
部下たちが剣を抜いた。でも切っ先が迷っている。
「何をしている!殺せ!」
「えっ、あの……でも。ブルーはともかくグレイまで殺しちゃっていいんですか?戦争が始まったら、戦略面でグレイにも協力してもらうんじゃ……」
「ではブルーだけ殺せばいいだろう!!もたもたするな!!!」
「は、はい!」
部下たちがブルーに切りかかった。あっという間に片がつくと思いきや、二対一だというのに遊ばれておる。二人の振り下ろす剣がきれいに受け流され続ける。そのうえ適度に拳を撃ち込まれたり蹴りを食らっているのでこちら側が疲弊している。見ちゃおれん。
「どけ!私が斬る!!」
部下たちを押しのけて前に出た。剣の切っ先をブルーの顔面に突きつける。無表情なブルー。次の瞬間、手元に風が吹いた。ブルーが上段蹴りで私の手元から剣をはじいたんだと分かるのに数秒かかった。宙を舞って飛んでいき、後ろでカランカランと情けない音を立てる剣。手が今さらながらに痛みを訴えた。
「っ、貴様……!」
もはやフィジカルの差は歴然だった。
こんな状況でも私は、コイツが戦場にいれば、と考えてしまった。これだ。欲しいのは。
しかしそんな事を考えていると、ブルーの方は追撃にかかってくる。剣をはじかれ無力な私の横をすり抜け、後ろの部下二人のもとに駆けた。
「うわあぁっ!」
下っ端が情けない声を出して尻もちをついた。まだブルーに何をされたわけでもないのにだ。情けない。
「……」
しかしブルーが突如静止し、下っ端を無表情で見下ろす。そうだ、こいつらは面識がある。……なんだ、見逃す気でも起きたか?
チャンスだと思った。ただ剣は飛ばされてしまっておる。私は後ろから全体重をかけた殴打をお見舞いした。殴る瞬間、一瞬だけ柔らかいシリコンの中に重い鉄を感じた。それも構わず打ち抜いた。
もろに私の拳を食らって軽く吹っ飛んだブルー。そのまま後ろの大きな本棚に叩きつけられた。本の雨がバサバサとブルーに降る。グレイはというとそんなブルーを静観している。
「っ、はぁ……ふぅ、」
もちろんロボットがこのくらいじゃやられるとは思っておらん。だからこそ欲しいのだ。私は呼吸を整えて床に落ちた剣を拾った。
「……終わりだ」
剣を振りかざす。が、その剣になにやら影が落ちた。
「………?」
見上げると、ブルーが叩きつけられた衝撃で本棚がゆっくりとこちらに倒れてきている。全長五メートルはありそうな巨大な本棚がだ。勝利を確信して高揚した私の血の気が一気に引く。ブルーもそれに気づいたようだ。
「ぬうっ!」
どうにか床を滑りぬけ、間一髪のところで私は下敷きにならずに済んだ。
が、後ろを振り返ると本棚と床の隙間からブルーの腕が出ている。大きな衝撃をくらって機能を停止しているようだった。
私の勝ちだ。
「ふっ、フハハハハハ!!!」
高笑いをする私の後ろでは、呆然と下っ端が座り込んでいる。小さな声で動かないブルーを呼んでいる。ふん、たった一度来ただけでほだされおったか。
私は思いあがっていた天才科学者に向き直った。
「どうだ。もとはお前が持ち出した話だ。文句はあるまいな」
「………はい」
「ではブルーは渡してもらう。いいな」
「………お好きに」
目を伏せたジェリー・グレイ。気味が悪いほどあっさりしている。いや、もともと負け戦として挑んだのかもしれん。一縷の望みをかけて。そう考えていると、グレイが口を開いた。
「しかし隊長。僕は好きにさせてもらいますよ。あなた達の事情は知らないが、もともと徴兵はブルーだけだったはずだ。そう説明されているし、令状にもそう書いてあった」
「ぬう……」
たしかにそうだ。グレイを戦争の作戦立案役として引き込む話も、まだ計画段階に過ぎない。まだ正式に令状も出ていない段階で、ここで引き留めるのも難しい。なにより今日はブルーが手に入ったのだ。今は機能が停止しているが、グレイの作るロボットはそう簡単に壊れん。本棚をどけて少ししたらまた自然にシステムが復旧するだろう。今日のところはそれで十分だ。
「……ふん、まぁよかろう。好きにしろ」
そう吐き捨てると、グレイは微笑みを浮かべて部屋から出て行った。……こいつ、こんなにぐちゃぐちゃになった部屋で今後どう生活するつもりだ?
そんなことを考えつつ、私は二人がかりで本棚をどかす様を一服しながら見ていた。
が、なにかおかしい。
「……隊長、」
下っ端が私を呼ぶ。私も気づいていた。
意識が回復したブルー。ぼんやりと虚空を見つめるばかりだ。
こいつ、まったく喋らない。
「……おい、ブルー?」
「………」
呼びかけても反応しないブルーに、下っ端が黙り込む。
「……グレイだ、グレイを呼べ!」
「いません!」
「何!?……あいつ、さっきどこへ――」
そう言って思い出した。入ってくるとき、玄関先にトランクが二つおかれていたこと。そして、それが今無いこと――
「ブルー? ブルー?」
なおも呼びかける下っ端。なんだ、何が起きている?
理解できない私をよそに、下っ端は何かに気づいたようだった。あたりを見まわし、「コーラルがいない」とつぶやいた。意味が分からん。
そして少し考え、こうつぶやく。
「なぁ、お前、好きな色は?」
「………コーラルピンクです」
やさしい声音でつぶやくブルー。
その瞬間すべてを理解したように「あぁ……」と言う下っ端。
「なんだ、どういう事だ!説明しろ!」
私は怒鳴る。焦りと気味の悪さでどうにかなりそうだった。姿を消したグレイ、様子のおかしいブルー。なにもかもがもう手遅れな気がしてならなかった。
「……中身が入れ替わってたんですよ。ブルーとコーラル」
「コーラル!?そいつは……」
「そうです。感情のない方の人工知能。だからブルーの方はコーラルの体に入ってるはずなんです」
「じゃあそのコーラルの体はどこだ!」
「いないんです。どこにも。……もうグレイが持ち出したんでしょう、さっき」
私は唖然と出口を見た。やられた。本当に何もかもが遅かった。感情が、意思がないのでは戦場で使うことはできない。こいつがさっき戦ったのだって、グレイが事前にそう指示していたからだろう。私たちがこれから何か命令したっておそらく聞くことはない。
しかも――
「コーラル?……コーラル?」
コーラルの意識もだんだんと薄まって言っている。下っ端が呼びかけても反応しなくなっていく。それは機能停止というより、データ消去といった方が正しい様子だった。
「……コーラル……」
完全に機能を停止したブルーの体。意思と生気を失った瞳。そこにはダラリと人の形をした塊が落ちているだけだった。
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