好きだと伝わればいいのに。〜優斗サイド〜

9/9
前へ
/43ページ
次へ
「え⁈俺、そんなに出てた⁈」 「はい。特に今なんか、意外みたいな顔、されてましたよ」 言われ、思わずごくりと生唾を飲んだ。 わかっているのだ、顔に出るということは。 幼い頃から母や友人に言われてきた。良い時は顔に出していいけど、嫌な時は出さない方がいいと。 なのに、出ていた。心配になって藤吉を見る。と、「大丈夫だと思います」と言われる。 「中原さん、今、嫌なこととか顔に出してないよね?って思いませんでしたか?」 「なんで、わかるんですか?」 「わかりますよ、中原さんのことなら、ね?」 気付けば藤吉との距離は縮まり、肘と肘が軽くぶつかっていた。距離の近さに慌てて離れようとする。 すると、瞬間、腰に圧力が掛かった。見ると、藤吉が腕を回している。 「ふ、藤吉さん?」 「ところで中原さん、彼女か彼氏はいますか?」 「はあ?」 「いなければ是非、僕が彼氏になりたいのですが」 どうでしょう? 問われ、戸惑う。 「考えてみてください。なるべくなら、早くに」 藤吉はそう言うと、空になったグラスにビールを注いでくれた。 それからの記憶はほとんどなかった。ただ、異常に体が熱く、外の風が気持ち良かった。 気づくとベッドの上にいたようで、目が覚めて見えた天井は見慣れたものだった。 目が覚め、頭も冴え、慌ててベッドサイドにある目覚まし時計を確認する。朝の九時、今日の日付が土曜日だったことに安心する。 「よお、目覚めたのか?酔っ払い野郎が」 「蓮二…ごめん、昨日の記憶が全然なくて」 「だろうな。わざわざ担いできてもらったんだからな」 「ごめん、迷惑かけた?」 チッと、舌打ちの音が聞こえる。 「あいつ、お前のなんなの?」 「あいつって」 「昨日、お前を送ってきた奴だよ!」 振り向きながら吐き捨てられる。蓮二の口が悪いのは今に始まったことではないが、今日はやたらと機嫌が悪いらしい。 「蓮二?なに、イライラしてんだよ」 「イライラなんかしてねーよ!」 「いやいや、イラついてるだろ?彼は仕事のパートナーで、それだけ」 言いながらふと、昨日のことを思い出す。たしかにそれだけだったのに、少し関係性が変わったかもしれない。 けれど昨日は酒の席だったのだ。藤吉も酒が回って冗談を言ったのかもしれない。 いや、きっと冗談だろう。思いこませるように首を振る。 「その間はなんなんだよ」 「間なんか、ないよ」 「ああーくそ!むしゃくしゃするなぁ。なあ、抱かせろよ」 目をぎらつかせて近寄ってくる。蓮二の大きな手が頭に触れそうな瞬間、優斗はその手を払っていた。 蓮二が好きだ。けれど、そういうところが嫌いだ。何かあると言葉ではなく、すぐにセックスで片付けようとする。 「あ、ごめん。でも、俺、今はそういう気分じゃないというか」 「ああ、そうかよ。じゃあお前がそういう気分になるのっていつなんだろうな」 「おい、蓮二」 「それともあれか?俺じゃお前をそういう気分にさせられねーってことか?」 「いい加減にしろよ!」 「いい加減にするのはお前だろ?優斗!」 荒い息が部屋中を満たす。怒気が空気中に流れているようだ。 「蓮二、どこ行くの」 「…頭、冷やしてくるわ」 乱暴に閉められた扉の音が、古民家を壊す勢いで鳴った。 (ああ、なんでこんなことになっちゃうかな) ただ、好きなだけなのに。好きでいるだけなのに伝わらない。 身体から好きが伝わればいいのに。思って切なくて、涙が滲んだ。 蓮二のいない部屋はどこか寂しい風が吹いているような気がした。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

123人が本棚に入れています
本棚に追加