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「え⁈俺、そんなに出てた⁈」
「はい。特に今なんか、意外みたいな顔、されてましたよ」
言われ、思わずごくりと生唾を飲んだ。
わかっているのだ、顔に出るということは。
幼い頃から母や友人に言われてきた。良い時は顔に出していいけど、嫌な時は出さない方がいいと。
なのに、出ていた。心配になって藤吉を見る。と、「大丈夫だと思います」と言われる。
「中原さん、今、嫌なこととか顔に出してないよね?って思いませんでしたか?」
「なんで、わかるんですか?」
「わかりますよ、中原さんのことなら、ね?」
気付けば藤吉との距離は縮まり、肘と肘が軽くぶつかっていた。距離の近さに慌てて離れようとする。
すると、瞬間、腰に圧力が掛かった。見ると、藤吉が腕を回している。
「ふ、藤吉さん?」
「ところで中原さん、彼女か彼氏はいますか?」
「はあ?」
「いなければ是非、僕が彼氏になりたいのですが」
どうでしょう?
問われ、戸惑う。
「考えてみてください。なるべくなら、早くに」
藤吉はそう言うと、空になったグラスにビールを注いでくれた。
それからの記憶はほとんどなかった。ただ、異常に体が熱く、外の風が気持ち良かった。
気づくとベッドの上にいたようで、目が覚めて見えた天井は見慣れたものだった。
目が覚め、頭も冴え、慌ててベッドサイドにある目覚まし時計を確認する。朝の九時、今日の日付が土曜日だったことに安心する。
「よお、目覚めたのか?酔っ払い野郎が」
「蓮二…ごめん、昨日の記憶が全然なくて」
「だろうな。わざわざ担いできてもらったんだからな」
「ごめん、迷惑かけた?」
チッと、舌打ちの音が聞こえる。
「あいつ、お前のなんなの?」
「あいつって」
「昨日、お前を送ってきた奴だよ!」
振り向きながら吐き捨てられる。蓮二の口が悪いのは今に始まったことではないが、今日はやたらと機嫌が悪いらしい。
「蓮二?なに、イライラしてんだよ」
「イライラなんかしてねーよ!」
「いやいや、イラついてるだろ?彼は仕事のパートナーで、それだけ」
言いながらふと、昨日のことを思い出す。たしかにそれだけだったのに、少し関係性が変わったかもしれない。
けれど昨日は酒の席だったのだ。藤吉も酒が回って冗談を言ったのかもしれない。
いや、きっと冗談だろう。思いこませるように首を振る。
「その間はなんなんだよ」
「間なんか、ないよ」
「ああーくそ!むしゃくしゃするなぁ。なあ、抱かせろよ」
目をぎらつかせて近寄ってくる。蓮二の大きな手が頭に触れそうな瞬間、優斗はその手を払っていた。
蓮二が好きだ。けれど、そういうところが嫌いだ。何かあると言葉ではなく、すぐにセックスで片付けようとする。
「あ、ごめん。でも、俺、今はそういう気分じゃないというか」
「ああ、そうかよ。じゃあお前がそういう気分になるのっていつなんだろうな」
「おい、蓮二」
「それともあれか?俺じゃお前をそういう気分にさせられねーってことか?」
「いい加減にしろよ!」
「いい加減にするのはお前だろ?優斗!」
荒い息が部屋中を満たす。怒気が空気中に流れているようだ。
「蓮二、どこ行くの」
「…頭、冷やしてくるわ」
乱暴に閉められた扉の音が、古民家を壊す勢いで鳴った。
(ああ、なんでこんなことになっちゃうかな)
ただ、好きなだけなのに。好きでいるだけなのに伝わらない。
身体から好きが伝わればいいのに。思って切なくて、涙が滲んだ。
蓮二のいない部屋はどこか寂しい風が吹いているような気がした。
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