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夏になる。と、思い出すのは、あいつと出会った頃のことだ。
出会いは唐突で、最初は妄想しすぎた故に幻覚さえ見ているのかと疑った。
だってずっと、好きだった。忘れられなかったから。
『秦野、今回も期待してるぞ』
中学から始めた棒高跳びが意外にも楽しく、ついてくるように成績も伸びていた。正直、楽しかったしやる気も十分にあった。
その延長線上で高校も陸上部に入った。楽しいしか知らないままに。
期待されるのは嬉しかった。幼い頃、両親が離婚し、母親に育てられてきた。母親は優しい人で期待はしなかった。きっとプレッシャーになるとわかっていたと思う。
ある日、テストで良い点をとった。人生で一番良い点で、けれども期待されていないのだから褒めてくれるはずもないとわかっていた。
帰って風呂に入り、上がると母親が高揚した声で俺を呼んだ。母親は期待もしなければ滅多なことでは怒らない人で、だから少し怖かった。
『何?母さん』
恐る恐る、それだけ言った。すると、母親は俺を優しく抱きしめた。
『テスト、見たよ?頑張ったね、偉いね』
頭をわしゃわしゃと撫でられ、極上に優しい甘い声で囁かれ、胸がいっぱいになった。
ああ、期待していないんじゃなくて、したかったのか。と、その時、俺はようやく母親の親心を理解したのだ。
棒高跳びに出会ってからは、とにかく必死だったし夢中になっていた。母親に期待されたかったし、また褒めてほしかったからだ。
成績を出すたびに母親はそれはとても褒めてくれた。さすがに頭をわしゃわしゃすることはなくなったが、代わりに嬉しいと顔に書いてあるような笑顔で微笑みかけられるようになった。
いつまでも続けばいい。そう思って高校でも一寸の迷いもなく、棒高跳びを選んだ。
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