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最初は楽しかった。跳べば跳ぶほど、空に近づけている気さえした。もしかしたら、空を掴めるんじゃないかとさえ思った。
先輩も優しい人ばかりだった。俺より高く跳ぶ人もいて、心から尊敬したし向上心を植え付けられた。
そうして一年、一年と気が付けば三年生になっていた。
『秦野、お前に推薦の話がきている』
もちろん、嬉しかった。大学のことは真剣に考えていなくて、どこかの大学に行くんだろうな程度で、でもやっぱり棒高跳びはしたいなとか、そんなふうに考えていた。
二つ返事で受けた。その頃俺は陸上部のキャプテンにもなっていて、憧れていた期待というものを一心に背負っていた。
後輩も先生もそして母親も、みんなが応援してくれている。強みでしかなかった。
そんな時だった、選手生命に関わる怪我をした。
無理をすれば競技どころかまともに歩けなくなる、医者はそう言った。
嘘だろと、思った。
その時、初めて怖さを知った。跳べなくなる怖さ、期待されない怖さ、空に近づけなくなる怖さ。
夜になると怖さが大きい塊になって襲いかかってくるようで、何度も目が覚めるようになった。
大学の話は自分から蹴った。その頃には俺の中のやる気も意欲もなにもかもが消え失せ、ただ虚無感だけが残っていた。
考えるべきことはあるのに、考えられない。大学、進路の話をするクラスメイトの声にすら苛立ちを隠せない。腫れ物を扱うような視線?いい加減にしてくれ。
それでも俺は、棒高跳びを諦められなかった。
ある日、夜、真っ暗な校庭でボーっと一人立ち尽くしていると、ふいに声を掛けられた。
『秦野くんだよね?』
見るとクラスの奴で、いつも楽しそうに笑っている中原だった。
『そうだけど』
『こんな時間にこんなとこで会うとか、びっくりだ』
中原はクラスにいる時のように笑っていた。俺もクラスでは明るいキャラだが、中原とは正直、絡みもなく、だからこうして話しかけてくることが意外だった。
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