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誰と行くの、とか、どんな服がいいの、とか。
頭の中ではメモ通りの言葉が出てくるのに、それが口まで降りてこない。
この数年間の沈黙が、口の中で洪水になって溢れかえり、言葉を紡ぐのを妨げていた。
「……兄ちゃん、」
かろうじてそれだけが出る。
「うん。」
夏生は春海をじっと見つめ返した。
「春海、久しぶりに喋るね」
そう言われた瞬間、線の切れたエレベーターのように、屋上から地下まで一気に落下していく心地がした。倒れ込んでしまいそうだった。もはや何かを喋る、余裕がない。
「……、」
「嬉しいな。たぶん、冬火に言われたんだろうけど、でも……嬉しい」
何も言えなくなった春海の代わりに、夏生が立ち上がって歩いてきた。
「部屋で服、見せてくれる?」
「……ん、」
ぎこちない足取りで春海の部屋へ向かう。向かいの冬火の部屋から、ほのかに視線を感じる。
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