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クローゼットを開ける。
学生時代に集めた服がぎゅうぎゅうにかかっている。仕事でスーツを着るようになってからはほとんど袖を通すことがなくなったものたちだ。
後ろから夏生が覗き込む。
「うーん……? 何が良いかな?」
「誰と遊びに行くの」
ようやくそれを聞く。ききながら、改めて近くで夏生の全身を見た。
――体型は?
西春の質問を頭の中で復唱する。骨ばかりだと思っていたが、想像よりも芯はしっかりしている。
「まあ、友達と。」
「デートじゃなくて?」
「え、あ、うん……いや、そうかも。まだ、そうじゃないけど」
デート、のような何か。春海は軽くショックを受けた。
すぐに首を振り、西春の質問と用意したいくつかのコーディネートを思い起こしていく。
日焼けの程度は。アクセサリーは。
問いを夏生の姿に重ねるたび、兄の輪郭がはっきりしていく。
モザイクだらけの身体から、骨格、素肌の質感、眼差し、それらがもたらす雰囲気が、夏生という生きた兄の姿がはっきりと春海の中に立ち上がっていった。
「……夜に行くの?」
夏生が頷く。
春海は少しだけ迷って、淡い鶯色のチェスターコートを取り出した。大学時代に少し奮発して買い、一番よく着ていたものだ。どんな彼女か知らないが、これなら大抵好印象だろう。
「これとか、」
背中に回って、兄にコートを掛けてやろうとする。
その時になって初めて、兄の背が自分とずいぶん違うことに気がついた。
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