5 みつめるもの

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 少し前のことだ。春海は冬火の学費の一部を自分の貯金から負担した。全額を父母に負担させるわけにはいかなかった。黒川家の困窮ぶりは知っている。  その件に関しては、冬火から直接礼を言われている。  何を今さら――。 「学費さ、夏生ちゃんもちょこっと、払ってくれたんだよ。バイト代から」 「え、」 「知ってた?」  知らなかった。全く。 「夏生ちゃんのはほんのちょっとだけど……でも一生懸命働いたお金でしょ。聞いたらバイトも、家計のために始めたって。夏生ちゃん、変わったなって思ったの。」  アルバイトが家計のため、  それすらも春海の知らない真実だ。 「そりゃ、義務感で仕方なくそうしてくれたかもしれないけどさ……夏生ちゃんも春海ちゃんも、あたしや家族のことすごく大事にしてくれてる」  せわしなく動いていた冬火の派手な爪が、スマホの上で止まる。 「そしたらなんか、悔しくなっちゃって。せっかくふたりでおんなじ方向向いて家族を支えてるのに、当の二人は喧嘩してるの。だから、仲直りするなら今かなって。そんだけ」 「……、」  返す言葉を探している間に、西春の威勢のいい声が飛び込んできた。 「お二人さん、これ見てよ!」  西春の向こう、試着室のカーテンの隙間から、着替え終わった夏生がおどおどしながらこちらを見ている。  上から下まで着替えて、新品のコートを羽織った夏生には清々とした美しさがあった。さっきまでボロ着を着ていたのが嘘みたいだ。 「いいんじゃない。」  きれいだと思いながら、春海は少しぶっきらぼうにそう言った。 「でも、ちょっと予算オーバーかも」 「いいよ。俺買うよ。兄ちゃん、気に入ったんだろ」 「え、」  春海が財布からクレジットカードをとり出すのを、夏生は慌てて止める。 「いいよ、春海。兄ちゃんが買うよ。」 「いいから。……お祝い、ってことにしといてよ。」 「なんの、」 「……仲直り……」 「え?」 「なんでもない。」  夏生は恐縮しながら会計を待ち、春海から大きな紙袋を受け取った。
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