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少し前のことだ。春海は冬火の学費の一部を自分の貯金から負担した。全額を父母に負担させるわけにはいかなかった。黒川家の困窮ぶりは知っている。
その件に関しては、冬火から直接礼を言われている。
何を今さら――。
「学費さ、夏生ちゃんもちょこっと、払ってくれたんだよ。バイト代から」
「え、」
「知ってた?」
知らなかった。全く。
「夏生ちゃんのはほんのちょっとだけど……でも一生懸命働いたお金でしょ。聞いたらバイトも、家計のために始めたって。夏生ちゃん、変わったなって思ったの。」
アルバイトが家計のため、
それすらも春海の知らない真実だ。
「そりゃ、義務感で仕方なくそうしてくれたかもしれないけどさ……夏生ちゃんも春海ちゃんも、あたしや家族のことすごく大事にしてくれてる」
せわしなく動いていた冬火の派手な爪が、スマホの上で止まる。
「そしたらなんか、悔しくなっちゃって。せっかくふたりでおんなじ方向向いて家族を支えてるのに、当の二人は喧嘩してるの。だから、仲直りするなら今かなって。そんだけ」
「……、」
返す言葉を探している間に、西春の威勢のいい声が飛び込んできた。
「お二人さん、これ見てよ!」
西春の向こう、試着室のカーテンの隙間から、着替え終わった夏生がおどおどしながらこちらを見ている。
上から下まで着替えて、新品のコートを羽織った夏生には清々とした美しさがあった。さっきまでボロ着を着ていたのが嘘みたいだ。
「いいんじゃない。」
きれいだと思いながら、春海は少しぶっきらぼうにそう言った。
「でも、ちょっと予算オーバーかも」
「いいよ。俺買うよ。兄ちゃん、気に入ったんだろ」
「え、」
春海が財布からクレジットカードをとり出すのを、夏生は慌てて止める。
「いいよ、春海。兄ちゃんが買うよ。」
「いいから。……お祝い、ってことにしといてよ。」
「なんの、」
「……仲直り……」
「え?」
「なんでもない。」
夏生は恐縮しながら会計を待ち、春海から大きな紙袋を受け取った。
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