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2 はるもの
「服ぅ?」
菓子パンをかじりながら同僚の西春が笑う。
「なんか……知り合いが友だちと藤の花を見に行くらしいんだけど。服貸してくれって頼まれて。西春、そういうの詳しいだろ」
「なんだそれ。服の貸し借りとか、どういう知り合いよ?」
「べつに……普通の知り合いだよ、」
西春の隣で春海はブラックコーヒーのボタンを押すと、紙コップの中に液体が注がれていくのをしばらく眺めた。
市役所の職員用談話室は昼休みにあわせて消灯される。
暗い談話室に、コーヒーの香りが立ち込める。
「まぁいいけどさぁ。友達とお出かけ、ねぇ。それ、ほんとに友だち?」
「どういう意味だよ、」
「いやだって、藤の花でしょ。なんか、デートっぽいじゃん」
「まさか。」
友だちすらいなかった人間だ。恋人など想像もできない。
「藤ってさ、あれじゃないの。二つとなりの市でやってる藤まつり。夜中ライトアップされるんだよ。すんごいカップル向きじゃん」
「そうなのか? ……知らないけど。」
「ふーん。」
西春は意味ありげに言葉を切ると、最後の菓子パンを口に入れた。
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