8人が本棚に入れています
本棚に追加
「いや、だって急に言われたし」
「何? ネットの知り合い? 会ったことないの?」
「あるよ」
「じゃ、見ててわかるっしょ。ふだんどんな服着てるとかさ、ムキムキとかガリガリとか」
「わかんない……だろ。」
春海の脳裏には、今朝の夏生の姿があった。
鏡越し、シャワーを浴びる夏生の身体。
青い浴室の中、磨りガラスの向こうで、まるでモザイクがかかったようにおぼろげに揺らぐ、兄の裸体。
その骨格、肌の色、体形、なにひとつはっきりと思い出せなかった。
少なくとも、自分に似ているはず。
窓ガラスに映る自分の顔をもとに、兄の素顔を思い出そうとしたが、結局髪型すら思い出せなかった。
「ちゃんと話したら?」
西春の言葉に、息が止まる。
彼には知り合いということにしているし、ましてや春海が長年兄と口を利いていないことを知らない。たまたまそう言ったのだろうが、その言葉は今の春海には抉るような痛みがあった。
「服は結局、その人にしかわかんないとこあるから。俺もさ、こういう相談よく受けるけど、いっつも色々話しながら決めてるよ。面と向かって話すとさ、不思議と見えてくるんだよ。ぱっと見ただけじゃわからない、その人の色んな身体のパーツの特徴とか、好みとか、大事にしたいポイントとか。――ほら、研修でもさ、対話が大事だってやつ、習ったろ」
「……。」
「嫌?」
「……別に。西春に説教されてるみたいで気に入らないだけ」
「もぉ〜黒川くぅ〜ん」
西春が春海の背中を強めに叩く。手に持ったコーヒーが零れそうだ。
叩かれながら、春海は取ったメモを冬火に送った。
返事は案の定、『自分で聞けば?』であった。
最初のコメントを投稿しよう!