2 はるもの

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「いや、だって急に言われたし」 「何? ネットの知り合い? 会ったことないの?」 「あるよ」 「じゃ、見ててわかるっしょ。ふだんどんな服着てるとかさ、ムキムキとかガリガリとか」 「わかんない……だろ。」  春海の脳裏には、今朝の夏生の姿があった。  鏡越し、シャワーを浴びる夏生の身体。  青い浴室の中、磨りガラスの向こうで、まるでモザイクがかかったようにおぼろげに揺らぐ、兄の裸体。  その骨格、肌の色、体形、なにひとつはっきりと思い出せなかった。  少なくとも、自分に似ているはず。  窓ガラスに映る自分の顔をもとに、兄の素顔を思い出そうとしたが、結局髪型すら思い出せなかった。 「ちゃんと話したら?」  西春の言葉に、息が止まる。  彼には知り合いということにしているし、ましてや春海が長年兄と口を利いていないことを知らない。たまたまそう言ったのだろうが、その言葉は今の春海には抉るような痛みがあった。 「服は結局、その人にしかわかんないとこあるから。俺もさ、こういう相談よく受けるけど、いっつも色々話しながら決めてるよ。面と向かって話すとさ、不思議と見えてくるんだよ。ぱっと見ただけじゃわからない、その人の色んな身体のパーツの特徴とか、好みとか、大事にしたいポイントとか。――ほら、研修でもさ、対話が大事だってやつ、習ったろ」 「……。」 「嫌?」 「……別に。西春に説教されてるみたいで気に入らないだけ」 「もぉ〜黒川くぅ〜ん」  西春が春海の背中を強めに叩く。手に持ったコーヒーが零れそうだ。  叩かれながら、春海は取ったメモを冬火に送った。  返事は案の定、『自分で聞けば?』であった。
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