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3 わるもの
『――あれ、お前の兄ちゃん?』
小学生の時分、校舎で夏生とすれ違うたびに春海は友人から騒ぎ立てられた。
『クローンじゃん』
年子で生まれた春海にとって、夏生は兄というよりもう一人の自分のようだった。
何かのアクシデントで自分だけ一年遅れて生まれてきただけで、ほんとうは双子だったのではないか。
そう思うほどに、顔も背丈も似通っている。
ついでにいうと、父親もそっくりだった。
母はよく、春海たちを三人まとめて「クローン羊」と呼んでいた。
子供の時分はそれが嬉しかった。
その頃の父はすでに情けのないクソオヤジであったが、夏生は控えめな性格ながら運動神経がよく、誰からも愛され、静かに注目を集めていた。
夏生は足が速かった。
いつもリレーのアンカーだった。
普段は教室の隅でひとり本を読んでばかりの兄が、バトンを握った途端、すらりと伸びた足で地面を蹴り、風を切りながら何人もの選手を追い越していく。
学校中が夏生に惹きつけられた。
自慢の兄だった。
夏生が褒められると、春海は自分が褒められているような気分になった。普段春海自身が褒められることはないのでなおさらだった。
夏生は常に、春海の感覚の延長線上にいた。
その感覚がぷっつり切れたのは、春海が中三になった初夏のことだった。
突然、夏生があがったばかりの高校に行かなくなった。
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