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4 にせもの
深呼吸を一つして、部屋の戸を叩く。
――だれ?
夏生の声が扉の向こうから返ってくる。
何度もイメージし、予習した。
その通りに話を進めればいい。
いいはずなのに、春海はだんだんと身体がこわばり、冷えていくのを感じた。
「……俺だけど。」
――春海?
直後、兄の声が途切れる。凍りつくような沈黙のあと、遠慮がちな声が聞こえた。
――入っていいよ。
ドアノブを握る手が震えている。家の廊下は寒い。
引き返すか?
引き返して、夏生に声をかけ直してもらおうか。あるいはもうこんなことはやめるか。夏生に服など貸してもいいことはない。見栄で買った高い服もあるし。
でも。
『ちゃんと話したら?』
冬火にも、西春にもせっつかれているから。
仕方がないから。
あとには引けないから――。
ごちゃごちゃと溢れ出てくる言い訳を、ドアと一緒に跳ね飛ばす。
何年かぶりの兄の部屋が広がった。
白い蛍光灯に照らされたその空間は、整然として物が少なく、どこか病室のような雰囲気がする。古いベッドの上に、学生時代のジャージを着た夏生がゆったりと腰掛けていた。
細く、頼りない身体。真っ白な肌、真っ黒な髪。きれいだと褒められるのは夏生も春海も一緒だ。そっくりなのだから。
その自分にそっくりの顔で、夏生は遠慮がちに微笑むと、そのまま春海を見つめ返した。
こんな顔だったっけ?
夏生の瞳を見た瞬間、その黒色が混乱しきっていた腹の奥にストン、と落ち、そのまま自分の中に染み込んでいった。
足元が揺れた、心地がした。
「……俺の服、借りたいって、冬火が。」
「ああ、うん。ちょっと、出かける用事があって。」
「そう、」
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