妄想コンテスト第221回「歌う」「Your Song」

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春の穏やかな日差しの中、大きな木の下に3人の少女たちがいた。 ちょっと背の高いウルミラは声が美しく歌がとても上手だった。 同い年のキトリリはシャリュモーが得意で、 ひとつ年下のテミシアはライアーを弾きこなす。 3人は村のお祝い事にはよく呼ばれて歌と演奏を披露していた。 村には3年ごとに祭りがある。 神への特別な感謝をささげる祭りだ。 今年は3人がアリアを披露することになっていたので 今日も集まって練習していたのだ。 「テミシアのライアーはもう調整してもらったの?」 キトリリはシャルの点検をしながら尋ねた。 「ええ、おにいさまが先週いらして念入りに見てくださったわ。」 ライアーはとてもめずらしい竪琴なのでメンテナンスには職人の技が不可欠だ。 「いつもよりさらに繊細な音色になったみたいね。」 ウルミラはライアーを覗き込みながら微笑みかけた。 「わたし、この音色がとっても好きなの。」 テミシアはうれしそうにライアーをなでた。 「わたしのシャルやウルミラの声との相性もいいよね。」 3人の音楽が聴き手に心地よいのはチームワークによるところも大きいようだ。 「楽器は調整できるけど、ウルミラは自分自身をいたわってね。」 「ありがとう。もうお日にちもないからよく気をつけるわ。」 「ちょっと顔色がすぐれないような気がするのだけど、大丈夫?」 「そ、そんなことはないわ。普段と同じよ。」 「なんだか怪しいわね・・・。」 おさななじみのキトリリの目は間違いがなかった。 祭りを数日後に控え、ウルミラが熱を出してしまったのだ。 「無理はいけません。祭りは延期しましょう。」 村の長老はすぐに決断した。 「そんな・・・。わたしは大丈夫ですから。」 「ウルミラ、神さまはお急ぎにはなりませんよ。」 長老は起き上がろうとするウルミラを優しく止めた。 「神さまによい音を届けるには体調を整えてからでなくちゃできないわ。」 「わたしもそう思う。やめるわけでもないのだし、いまは休んで。」 「わかったわ・・・。」 ウルミラは泣きそうな顔になったが、みんなに慰められて床についた。 二日後、なんとか歌えるようになったウルミラは まだ不安定な体をおして舞台へ立った。 歌い始めはいくぶん声が震えたような気がしたが、 精一杯歌ううちにいつも以上によく声がだせるようになった。 キトリリもテミシアも懸命にフォローする。 3人は想いをひとつに重ね、 美しい声と楽器の澄んだ音色が互いをひきたてあう。 さながらそれはたくさんの音符が舞い踊っているようだった。、 アリアが終わるころ、村を優しい霧のような雨がうるおした。 村人たちは盛んに拍手を送り、3人をほめたたえるとともに 神への感謝の祈りを捧げた。 「あ、見て。」 キトリリの指さす先に鮮やかな虹がかかっていた。 「わあ、きれいね~。」 「神さまからのごほうびかもね。」 「きっとそうだよね。」 大役を無事終えて、3人はほっと一安心するのだった。 翌日ウルミラは大事をとって村の薬師にみてもらうことになった。 「ずいぶんと無理をしていたね。」 ひとめ見るなり薬師は顔をしかめて見せた。 「えっ、そんなによくなかったの?」 キトリリもテミシアも今更ながらうろたえた。 当のウルミラだけは落ち着きはらっている。 「だって祭りを延期するだけでも申し訳なくて・・・。」 「ごめんね、ウルミラ。」 テミシアは泣きそうな顔になった。 「大事な友人なのにつらい思いをさせちゃったよね。」 「んもー、やっぱり体調悪かったのね!」 キトリリに怒られてもウルミラは静かに笑っている。 「回復しつつあるけれど、しばらくは用心しなさい。」 薬師はウルミラに薬草を渡した。 「また村のお祝い事には3人で素敵な音楽を奏でてもらいたいからね。」 にっこりとほほ笑んだ薬師に3人は大きくうなずいた。 また音楽でみんなに喜んでもらおう。 3人の想いは同じだった。 数日後、ようやくウルミラも回復し、3人に日常が戻った。 「ウルミラってすごいよね。」 シャルの手入れをしながらキトリリが言った。 「どうしたの、突然」 「普段、家の仕事とかしてて飽き飽きしちゃって。」 「だれでもそうでしょ。」 「でも、ウルミラがあのときすごく大変だったんだなって思うとね。」 「思うと?」 「なんだかそんなこと言ってるのが申し訳ないように思えて。」 いつもはのんきな友人の言葉に、ウルミラは少し驚いた。 「ウルミラがひとりでつらいのを乗り越えてるのに比べたら、家のことなんてなんでもないなって。」 「キトリリ、ありがとう。」 小さいころから一緒に過ごしてきた友人がそんなふうに思ってくれていたことがウルミラにはうれしかった。 そこへテミシアが息を切らしてかけこんできた。 「ふたりとも手伝って!」 「そんなにあわててどうしたの?」 「ライアーが、ライアーがなくなったの!」 「えっ?!」 「そ、それは大変!」 ライアーはテミシアの兄が作った逸品であった。 祭りで人目をひいたので目をつけられて盗まれたのだろうか。 「みんなで取り返しにいこう。」 3人は手を取り合うようにして村のはずれまでやってきた。 あたりはもう暗くなり始めている。 「はやく見つけないと・・・。」 「テミシア、なにか探す手立てはない?」 「そうね・・・。」 「シャルに探してもらおうか。」 キトリリはシャルを取り出した。 「そうか、共鳴させるのね。」 シャルとライアーは相性がよく、互いの音を拾って共鳴しあうのだ。 キトリリはおもいきり深く息を吸い込んで、シャルに時間をかけて吹き込んだ。 シャルの音はキトリリを中心に水紋のように広がっていく。 その音色に耳を澄ませながら眉をひそめているテミシア。 その様子を見てウルミラは空へ向かって歌った。 ”アルテミス、あなたの竪琴へ いま、私たちを導き給え” ウルミラの声は矢のように響き渡る。 「あそこだ!」 テミシアが指さす方向に小男がライアーを抱えて歩いているのが見えた。 3人はいっせいに駆け出した。 はじめにおいついたのはキトリリだった。 シャルを振りかざして小男に襲いかかったが、 小男は身をひるがえして川のほうへと逃げていく。 あとの二人がいることにひるんだのか、 ライアーを振りかぶって川面に投げようとした。 「やめて~~!!」 テミシアが叫んだそのとき、光の玉がとんできて小男にぶつかった。 光に目がくらんだ小男は足元にライアーを落として逃げていく。 そのあとにひとりの少年が立っているのに気がついたのは おりしも昇った月の光に照らされたからだ。 少年はライアーを手に、3人を迎えた。 「これはどなたにお返ししたらいいのかな。」 狩人のような軽装と小さめの弓矢を持っている。 見慣れない黒髪、まだあどけない笑顔で少年は話しかけた。 「わたしのライアーです。」 テミシアが進み出る。 「ではお返ししよう。」 少年は慎重な手つきでテミシアへ手渡した。 「ありがとうございます!」 3人は声をそろえてお礼を言った。 「わたしはウルミラ、こちらは友人のキトリリとテミシアです。」 「あなたがいてくださってほんとに助かりました。」 キトリリは少年の手を取らんばかりに喜んだ。 「そうね。川へ落とされたら大変なことになっていた。」 テミシアは涙を浮かべている。 「ぼくはユト。」 「あの光はどこからきたの。」 「あれはアルテミスの矢。ぼくが呼び出されたところに現れる。」 「呼び出された?だれに?」 「何言ってるの。ウルミラ、君にだよ。」 「えっ?」 3人は顔を見合わせた。 ユトはこことは違う世界の住人らしい。 彼はウルミラの歌に導かれて未来からやってきたという。 ずいぶん唐突な話だが、3人は納得した。 なぜだろう、初めて会った気がしない。 実はどこかで会っていたのだろうか。 3人を村まで送り届けたユトはもとの世界に戻っていくと言った。 「もう戻ってしまうの?」 「なにもお礼していないのに。」 「大丈夫。また会えるさ。」 ユトはポケットからリングを取り出してウルミラに手渡した。 「君の歌が僕を導く。君を救うのは時を超えてやってきた僕だけの使命なのだから。」 リングは月明かりの下で虹色に輝いていた。 「わかりました。」 ウルミラはリングを受け取った。 「大切に持っていますね。」 ユトはにっこりと笑った。 村の入り口にはいった3人に手を振って、ユトは空に向かって矢を放った。 一筋の光が空に向かい、ユトはそれに引き上げられるようにあとに続いた。 歌うような声が聞こえたが、それはきらきらと月から零れ落ちるような音だった。 ”闇も星もくぐり抜け 僕だけに届く 君の歌が・・・” 「歌の絆、なのかな。」 それは時を超え、運命をくぐりぬけて結び合うのだろう。 次はいつ、どこで出会えるのだろうか。
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