失せ人さがし    

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蜂玉園(ほうぎょくえん)のものは何も食べるな』  八ノ宮伊織(はちのみやいおり)は、何度も念を押すようにそう言ってきた。 (どういうことなのかよく分かんねぇけど……凄い剣幕だったし、言う通りにするか)  そんなことを思いながら、新太(あらた)はタクシーの後部座席であくびをした。となりには八ノ宮伊織が暑苦しい着物姿で座っている。  彼の元へ突撃して、早3日。電車とタクシーを使い、3時間もの移動を経て現在は山道を車体で登っている。  八ノ宮伊織に3日待ってほしいと言われた時は「そんなに待てるか」と返したのだが、この日以外は無理だと彼は強く言ってきた。 (これも理由分かんねぇけど、なんかワケがあるっぽいし。……てかコイツ、本当にシュウキョーのボスなのか? あっ、ボスはコイツの母ちゃんだっけ)  てっきりポスターに写っていた彼、伊織が蜂玉園のトップなのだと思っていたが、どうにも彼の母親が一番偉いのだそうだ。 (確かに19歳ってボスにしちゃ若すぎよな。にしても、なんっか悪いヤツって感じがしねーんだよなぁ……勧誘もしてこねぇし。殴るに殴れねぇっていうか) ――――『帰るんだ。キミはどうにも素直すぎる。ミイラ取りがミイラになっても責任は取れない』 (なんか自分とこの組織が悪いって自覚してるっぽいこと言うし)  まじまじと伊織の美しい横顔を見つめる。彼はその視線に気づいたように、 「なんだ、こっちを見つめて」 「あっ、いや……綺麗な顔してんなって、思って」 「キミもずいぶん可愛らしい顔をしている」 「んだとテメェ」  顔をしかめると、ふっと伊織は微笑する。育ちのいい笑い方しやがってと思いながらも、 (やっぱ悪い奴に思えねぇ。大人びた奴だと思ってたけど、笑顔は年相応っつうか)  もしかすれば蜂玉園もそんなに悪い存在じゃないのではないか。そんなことを思う。講演会を機に湊がおかしくなったという話も、杞憂かもしれない。 ――――『誰かを助けられる人になるんだぞ』 (……父ちゃん)  10年も前に亡くなった父の言葉を思い出す。  父は立派な体操選手だったのだ。大好きだった、憧れの象徴だった。  ある日突然、行方をくらませて、山の中で死んでしまったけれど。その理由も未だ分からないけれど。 ((みなと)が無事かどうか、確認する。もし変になってたら、説得する。救い出す。家に帰ってもらうんだ、湊の母ちゃんを安心させるんだ)  友達の1人も救い出せなければ、空の向こうにいる父に顔向けが出来ない。  それに。湊に辛い思いをさせてしまったのは、自分なのだから。
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