襲撃

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――――『……伊織はもう手遅れだ。あの子が普通の幸せを手にする日はない』  洋蘭の言葉を思い出し、(ほお)の肉を噛む。口内に広がる鉄の匂いが、血に濡れそぼって(やいば)を振り上げていた伊織を脳裏に蘇らせた。 (…………くそ)  うつむいていれば、肩にずっしりと伊織の体重が寄りかかる。耳元に聞こえる寝息に目を細め、ほんのりと新太は微笑を浮かべた。 ――――『俺のそばに……いてくれ』 「……牢屋の中に入ったらそばに居られねぇじゃん」  呟くも、彼は起きない。そっとソファーに横たわらせて、羽衣のようなタオルケットをその身にかける。  そうしたところで、ふと視線を感じて振り向いた。 「……桃李」  彼の顔が、扉から覗いていた。目が合うなり立ち去ってしまった彼を思わず追いかける。  廊下にて桃李の肩を捕まえると、彼は自嘲のような笑みを口元に浮かべていた。 「覗き見するつもりは無かってん。……ええな、本命様は。面倒ごとは僕に任せて、新太は姫様の側に」 「そんな顔されたら放っておけねぇって」 「やったらなんで僕にも話してくれへんの!? もう2年も姫様のお気に入りやのに、何にも教えてくれへんやん! 僕やって、僕やって……!」  新太の手を派手に払いのけ、桃李は声を荒げてしまう。予想だにしていなかった彼の怒号に新太は目をパックリと開けたまま、唇をわなわなと振るわせる桃李を見つめた。  眠りの間での仕事でさえ淡々とこなしていた彼が、幼子のような表情で瞳を湿らせている。 「新太が撮った写真消したんもな、邪魔したかったからやない! そうしたら、何か……何か、僕にも話してくれると、思って……!」 「とう、り。……オレたちは、ただ」 「新太と姫様の仲を裂きたいわけやないんよ。ただ……こんなにも露骨に何も教えてくれへんのは、さみしい。もう一人ぼっちはいややねん。やっぱアレかなぁ、僕が普通やないからかなぁ」 「んなことねぇって! 伊織は、お前のことを思って」  桃李の手首を掴んで叫ぶも、うつむいてしまった彼は顔を上げてくれない。  ぽつぽつと雨樋(あまどい)から雨粒が滴る()が響く。  はらり、桃李は新太の手を払いながら背を向けた。 「ごめん。……仕事に戻るわ」 「桃李!」  声を上げるも、彼は廊下の向こうへと走り去ってしまう。  彼へ伸ばした手を下ろし、その手のひらを見つめては宙を握りしめる。 「……オレ、なにも……守れてねぇ。伊織のことも、桃李のことも、誰のことも……」  父の顔が蘇り、ぎりっと歯を擦り合わせた。 「父ちゃん……」
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