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「あー上手くいかねぇ。桃李は口聞いてくれねぇし、伊織はあの調子だし」
桃李と言い合ってから丸1日経過した日の夜、新太は1人別室で夕飯を食べながらわしゃわしゃと頭を掻いた。
先日まで雨が降り続いていたせいか、気分転換に窓を開けると雲ひとつない夜空に煌々と満月が光っている。
気づけは残暑も過ぎ去りし秋の初め。涼しい夜風に頬をさすられ、新太は満月へと細い腕を伸ばした。
「明後日には夏休み終わるけど、伊織の側にいてやりてぇ。……どうすっかな」
となりの部屋では伊織が1人で眠っている。あと数日は寝かせるべきだろうと思い療養させているが、本家を動かしている洋蘭がそろそろ何か言ってくる頃かもしれない。
届かぬ月に腕をだらんと下げ、はぁとため息を吐く。
「……もう少し頭良かったらな」
自分の無力さに目を伏せながら部屋を出る。
一応桃李や他の信者たちの様子を見て回ろうと思い、廊下を歩み始めた。
(そういえば信者の連続死? 本家の方も止まったって榊原のおっさんから連絡来たな。……やっぱ伊織がいるから完全に組織が壊れるっつうことは無さそうだ)
彼はフェロモンが少ないが故に、完璧ではないというだけである。現時点で女王は女王なのだ。とはいえ住み込んでいた信者の3分の1近くは亡くなってしまった。
「やべぇ状況だけど……やっぱり女王は伊織しかいねぇんだし、あとは伊織のやりたいようすればいいんだ。もう無理に蜂蜜を信者に食わせる必要もねぇし、清めの間とかも全部無しに」
「そうはさせんよ」
後方から低い声が響き、足を止める。一階の廊下、夕飯時なので周囲に信者たちはいない。
カチャ、と響く金属音。身に覚えのある感覚。
後頭部に突きつけられているものが、銃口であると瞬時に悟った。
(蜂玉園でこんなことしてくるのは洋蘭しかいねぇけど……あいつの声じゃねぇ。聞いたことねぇ声だ。……地下で会った明長っつう伊織の兄さんに似てる、けど)
彼は王乳を飲んで目の前で死んだはずである。
ふう、と呼吸を落ち着かせ、静寂を裂くように問いかけた。
「誰だ」
「……お前、新太とかいうやつか」
「そう、だけど」
コントラバスを奏でるような低く響く声。やはり似ている、だが少しだけトーンが高く口調が横暴だ。明長とは別人のように思える。
背中から感じる威圧感、かなり大柄な人物のようだ。
背後に立つ男は「そうか」と一言呟き、
「洋蘭にお前だけは殺すなと言われている。だから」
-ーーーパァン!
けたたましい銃声が耳元で響き新太は思わず耳を塞いだ。
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