4人が本棚に入れています
本棚に追加
――――『新太はさ。好きなやついねぇの?』
5ヶ月ほど前だろうか。大学からの帰り、桜の木々が並ぶ春の歩道を歩んでいると、湊はそんなことを聞いてきた。
『んー、いねぇなぁ。中学も高校も男子校だったしさ、そういうの想像するの難しくって』
そう返すと、湊は『そっか』と笑ってくれた。
湊とは中学からの付き合いだ。彼の人となりはというと、いわゆる真面目な好青年というやつだろう。顔立ちも良くて背も高い。同じ体育大学のサッカー部に所属しており、将来が有望な選手の一人だった。
『湊こそいねぇのかよ。お前モテるじゃん。背も高いしさぁ』
サッカー部で見た目も良く実力もあれば、異性に好かれるのも当然だと思っていた。身長の低い自分よりよほど恋人がいないのが謎なのだが、この手の話題を持ち出すと彼はいつも複雑な表情を浮かべるのである。
この会話をきっかけに聞き出してみよう、なんて思っていたのだが。
湊は黙り込み、目をそらしてしまった。
『ごめん、変なこと聞いたか?』
問いかけると、彼は慌てたように『いや』と首を振った。
口をもごもごとさせ、
『なん……っていうか、さ。俺、あんまり女に興味ないって、いうか』
『まじで? サッカーに夢中って感じ?』
『……それも、ある、けど』
その瞬間に向けられた、湊の眼差しが忘れられない。
真っ直ぐ、その瞳の色は真剣そのものだった。今思えば、あの時の彼の覚悟は相当なものだったのだろう。
背負っているリュックの紐を握りしめ、歩道に散る桜の花びらを踏みしめて。
彼は、口を開いた。
『俺……お前が、好きなんだよ』
『……え?』
『お前の、こと、ずっと……中学の、時から』
声を絞り出す彼を、桜色の景色の中で見つめた。今まで想像もしなかった言葉だった。
『好き……って、友達と、して?』
問い返すも、湊は小さく首を振った。
『……好き、なんだよ』
彼はただ、その一言を呟いて黙り込んでしまったのだ。
その言葉と、彼の表情で。バカな自分でも流石に理解した。
――――オレのことを。中学の時から好きだった。ずっと。
――――ずっと?
『…………オレたち、友達だろ?』
とっさに。湊へ誤魔化すように、笑ってしまった。
なんでそんな言葉を返してしまったのか、今でも分からない。
思い出を歪めたくなかったから? 友達という関係が楽だったから?
彼の気持ちが理解出来なかったから? 今まで通りの関係が壊れるのが嫌だったから?
受け入れるのが怖かったから? 彼が普通じゃなかったから?
散っていく桜の花びらに混ざって、一瞬だけ湊の泣きそうな顔が見えた。
でも。彼はすぐに『ごめん』と笑ってくれたのだ。
『冗談。……そうだよな、友達だよな』
そう言って立ち去った彼の背中が、今も脳裏に焼き付いて。
――――誰かを助けるどころか。酷く傷つけてしまった、大切な人を。
最初のコメントを投稿しよう!