襲撃

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(盲点だった。……そうか、俺は)  着物の裾を握りしめ、洋蘭から顔を逸らす。  洋蘭はそんな様子の伊織に構うことなく、王乳が入った小瓶を揺らした。 「クラインフェルター症候群はホルモンバランスの変化で体が女性的に変化するといった症状も存在するようだ。……もう1度この王乳を飲んでみたら、体質の変化と共に完璧な女王へ近づけるかもしれないよ」 「俺は……俺は、男だ。そんなもの、飲めるわけ」 「いいのかい? お前の大切なものが減っていっても」  銃声が響くと同時に、洋蘭は影から様子を窺ってきていた信者を撃ち抜いてしまう。  カチャリ、硝煙が靡く銃口を再び新太に向けるその仕草に、伊織は瞳を揺らした。  このままでは、全員が撃ち尽くされてしまう。 「わかっ……――――」  伊織が口を開いた、その瞬間。  スルリ、洋蘭の銃口をすり抜ける影が現れる。  彼の足元で倒れていたはずの、新太だった。    気を失っていなかったのか、はたまた今目覚めたのか。知る由もないが、その身のこなしは殺しの仕事をしていた洋蘭さえ意表を突かれるも速さだ。  音もなく洋蘭の手から小瓶を奪い、新太はひょいと宙を返りながら後方へと着地する。その様まるでバレエのダンサーがふわりとつま先で着地する、あの優雅な様に重なった。  周囲が呆気にとられる中、新太はそのアンプルの口をべキンとへし折った。 そして。 ――――「あ、新太っ! なにを」  伊織が駆け出したと同時に。迷いなく、新太はアンプルに口をつける。  ごくんと新太の華奢な喉仏が動いた刹那。 「……ゔ、あ」  強力な酸を飲み込んだかのように崩れ込む新太の身を、洋蘭が瞬時に捕える。  新太の身を抱え込み、その細い腹に拳を突っ込んだ。 「キミってば本当に……!」  苛立つ洋蘭の声を共に、鈍い呻き声を上げながら新太は胃の中身を吐き落とす。  その後ぐったりと洋蘭の腕の中に倒れ込み、瞳を閉じてしまった。 「新太……! なんてことを」  伊織が駆け寄ると、新太はうっすらと瞳を開けて凡庸と朧げに伊織を見つめる。 「かわって、やれなくて……ごめん、な」  掠れた声でそう呟き、伊織が目を見開いている間にガクンと気を失ってしまう。 「おい新太……! 新太っ!」  声をかけるも、目を覚さない。幸い髪色にも変化はなく呼吸もある。王乳が身を巡らずに済んだようだが、失血もあってか顔色は酷く悪かった。 「クソがっ!」  鈴芽が地を殴りつけて怒号を響かせる。そんな彼へと振り向いた洋蘭は、新太を腕に抱き上げながら首をふった。 「出直そう兄さん。あの王乳は希少だ、もっと慎重な手を打つべきだ。……この子がいる前では、特に」  そう言い、洋蘭は腕の中で気を失っている新太を物憂げに見つめ、唇を開く。 「新太くんは、僕が引き取るよ」 「何をするつもりだ」  伊織が声を響かせると、洋蘭は鋭く黒い瞳を伏せる。 「跡地(あとち)で治療をさせてもらうよ。大丈夫だ、知識はある。……お前はこの子に何かしてやれるのか? (つがい)の1人さえ守れない、知識もなく武力もないお飾りの姫に」  言葉に詰まり、伊織は新太へと伸ばそうとしていた腕を、力無くだらんと垂らす。  背には桃李や信者たちの身が、無造作にごろごろと転がっていた。  洋蘭は呆れたように笑み、スーツをはためかせながら背を向ける。 「気になるなら跡地に来ればいい、新太くんの望みならばお前の訪問も許そう。……組織の統制もお前1人じゃままならないだろうから、僕が手を貸すよ」 「新太だけは……新太だけは、殺さないでくれ。頼むから」  懇願するように声を絞り出してスーツの裾を掴むと、洋蘭はしばし黙り込み、「あぁ」と僅かばかり振り向いてうなずいた。 「それだけは約束するよ。……本当に」
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