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「おい……大丈夫か」
声をかけられ、新太はハッと顔を上げる。横には八ノ宮伊織が顔をしかめて立っていた。
「ここの香りに当てられたか?」
「香り?」
辺りを見渡す。蜂玉園の本家、その入り口に立っているのだが、最初に訪れた別家とは桁違いの大きさだ。山の中にある寺、というよりは巨大で広大な平家。伊織曰く、この山の土地全てが蜂玉園のものらしい。
「確かに、なんか甘い香りがするような」
「蜜蝋だ。蜂玉園で作っている蜂蜜から作った蝋燭。本家ではずっと焚いてるんだ」
不快な匂いではないが、甘い香りに混ざって酒のような香りがする。人によれば酔うのかもしれないが、新太は首をかしげた。
「そんな辛くないけど」
「ならいい。あとこれを羽織れ」
伊織から白地の上着を渡される。着物の上部分のみを切り取ったような薄地の服だ。
彼は顔をしかめたまま、
「制服のようなものだ。これを羽織って信者のフリをしてもらう。俺……私のことは『姫様』と呼べ。他の信者には笑顔で挨拶をするように。そして絶対に」
「ここのものは口にするな、だろ? そんな怖い顔すんなよ」
「キミをここに入れたくないんだよ。……私のそばを離れるな、他の者に付いて行くな」
「分かったって。っつうかオレの前で、無理に『私』って言わなくていいぞ、姫様」
「……助かる」
上着を羽織って蜂玉園の玄関に入るやいなや、
「お帰りなさいませ、姫様」
数人の女性が深々と出迎えてきた。皆同じような上着を羽織っているが、雰囲気はもの優しげで笑顔も印象がいい。
先ほどまで不機嫌顔だった伊織もすっかり笑顔を作って、
「ただいま。本日から1週間ほど母上が外すと聞いたもので、軽く様子を見ておこうと思いまして。あぁこちらの者は別家からの見学人。皆さま、ご挨拶を」
伊織がそう声をかけたとたん、女性たちは一斉に頭を下げる。
「本日はようこそお越しいただきました。ごゆるりと見学して行ってくださいませ」
声の揃いように新太が唖然としていると、伊織は「ありがとう」と笑顔のまま、
「彼には私からお茶を出すので接待の方はお構いなく。では、失礼するね」
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