4人が本棚に入れています
本棚に追加
ようやく本宅へ上がることが出来たのだが、この瞬間だけでも気疲れが半端ではない。
「よくこんなの続けられるな」
思わず新太が呟くと、伊織は人差し指を唇に当てる。
「個室に入るまで私語は小声で慎んで。……いいかい、ここにいる者で男を口説けて抱ける同性は数人だ。手当たり次第に聞いてみる、そして『牧野湊』という者がいたら会わせてもらえるよう伝える。だが彼自身が「帰らない」と首を振ったら……その時は諦めてくれ」
「難しいこと言ってくれるじゃん」
「生憎なことに洗脳することは出来ても、解く方法は知らないんだ」
「洗脳かぁ……」
呟き、辺りを見渡してみる。
すると目が合った若い女性がにっこりと微笑み、
「おはようございます」
「あ、えと、おはようございます」
慌てて返事をする。目が合うと挨拶をしてくれる人たちばかりだ。
(みんな良い人に見える……この人たちが信者? 洗脳されてる? ここで幸せに暮らしてるなら、そんな悪いことじゃないんじゃ)
「キミ、妙なこと考えてないか? 『良い人ばかりだ、洗脳されているように見えない。ここで過ごしても悪いことはないだろう』……その顔は、図星か」
黙っていると、伊織は呆れたように首を振った。
個室に入るなり扉を閉めながら、彼は鋭い視線を送ってくる。
「いいか、忘れるな。ここは性癖や色恋に溺れた奴らの対応に、10代の男女に限らず幼い子どもが体を売ったりしているところだ。住み込みじゃない信者からは多額の借金をさせてまで商品を買わせ、偏見を刷り込ませ、世間に馴染めないように教育し、熱心で頭のいい信者たちを駒のように扱い、違法な労働をさせて成り立っているような組織だ。……俺たちは無垢な信者たちの血肉と金で食べてきたんだ」
声音を低めた彼から顔をそらす。窓の外に広がる自然たっぷりの穏やかな景色を見つめ、新太は呟いた。
「ここにいる奴ら、全員バカってわけじゃないんだろ。見たら分かるよ」
「頭がいい人ほど新しい教えや知識を飲み込む力があるからね、むしろ知能の高い信者の方が多いんだよ。……やっぱりキミは危なっかしいね。しばらくここにいなさい」
「えっ? ちょっと」
「聞き込みは俺だけで行ってくる。扉を叩かれても居ないフリをして、鍵を開けないように」
バタンと扉を閉じられて鍵をかけられ、あっという間に1人ぼっちである。
はぁ〜とため息を吐き、新太は畳の上に転がった。
「あいつちょっと心配性すぎるって……」
最初のコメントを投稿しよう!