敵討ち    

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――――『なんで二人はここに、居続けるんだよ。分かってんだろ。変だって、分かってんだろ』  新太(あらた)の涙声が蘇り、伊織(いおり)はぐしゃりと手のひらを握りしめた。 (わかってるよ。だから苦しいんだよ)  本家の閑散(かんさん)とした自室で1人、布団の上でうずくまる。どんな姿勢で何をしていても、痛い。胸が痛い。  眠れやしない。  窓へ視線をやると、朝の陽が高く昇っている。 (牧野湊(まきのみなと)の遺体は、彼の実家へ返すことができた。それが精一杯だった。遠方で勧誘講演をしていた母上は、今日の午後には帰ってくる。それまでには、ここを去らねば)  先日新太を連れて来られたのも、母が遠方に出ていたためだ。その後も本家に泊り込み、牧野湊の遺体を送りかえす為に色々と手を回し、ようやく昨日事態が収まった。 (本来、信者が死んだら本家の地下へ埋葬する決まりだ。決まりから外れることに関して、母上は酷く厳しい。今回は上手く誤魔化せたが……)  頭を掻く。青い空が、やけに遠い。 「俺は、いつまで……逃げているんだ」  独り言を落としていると、自室の扉がコンコンと叩かれる。 「おい、大丈夫か」  榊原(さかきばら)だった。この偉丈夫な様相をした中年の男、ここの信者ということになっているが、蜂玉園の掌中に落ちていない貴重な人物だ。 「……大丈夫だ」  体を起こし、そう言ってみせる。父親がいれば彼くらいの歳なのだろうかと考えてみる。 (蜂玉園は女が継ぎ、女が治める組織。同性愛者を深く受け入れている代わりに、異性愛を拒む組織でもある。……俺や兄たちの父親は、ただの子種役だった)  女王蜂は様々な雄蜂から子種をもらい、卵をいくつも産む。雄蜂は子種を与えたら用済みの存在なのだそうだ。  それはここ、蜂玉園でも同じ。 (だから、俺たちの父親は全員違う。そして子種をよこした後は皆んな営業に回されて死んでいる。会ったことすらない、顔も知らない。……母上は女しか愛さない。今も昔も、異性愛を酷く嫌っている)  男と女が結ばれて子を成す。世間一般的な婚姻と子作りは、そういうことになっている。  だがここ、蜂玉園では。同性同士で結ばれるのが当然とされている。異性愛は異端であり、差別対象ですらある。  普通、とはなんなのか。いくら考えても分からないままだ。 「榊原。今は何時だ」 「ったく時計くらい置きなされ姫様よぉ。え〜っとな、朝の10時過ぎってところだな」 「そうか」  返しながら寝癖を()いてあくびをしていれば。パタパタと誰かが廊下を駆けてくる音がする。 「――――姫様! よろしいですか姫様!」  ドンドンと激しく扉を叩いてきた女中の信者、何やら酷く焦っている。  とっさに身なりを正して扉を開いた。 「どうしたんだ」 「ご来客が! 突然のご来客が……!」 「来客?」 「そ、その……牧野湊という方の、お母様が……!」
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