敵討ち    

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「――――だーかーらー! このままでオレも終われるかっつってんの!」  新太が声を上げて立てば、伊織も「いいや!」と立ち上がって肩を押さえつけてくる。 「ここで終わるんだよキミは! お母さんはご存命なんだろう? 家族が大切なら絶対に関わらないほうがいい!」 「オレだって今ここで逃げたら湊のことでずーっと悩むに決まってる! 耐えられねぇんだよ! バカだからな!」  新太が胸ぐらを掴むや否や、伊織も胸ぐらを掴み返し怒号を上げる。 「バカなら尚更やめろ! キミは素直すぎるんだよ! すぐに他の信者に騙される!」 「騙されねぇし! バカだから蜂玉園のこと何も理解してないし? お前がさっき話してくれたことも半分くらい分かんねぇし? とにかく敵討ちゃいいんだろ敵討(かたきう)ちゃ!」 「なんでキミはこうも短気なんだ! 少しは考えをまとめてから発言してくれないか!」 「むーりーでーす! っつうか泣きながら腕掴んできたやつを放ってられるかっての!」 「俺のことは気にするなと言っただろう!」 「だから出来ねぇっつってんじゃん!」  叫んだと同時に新太の足が机に当たり、ばしゃりとコーラが床に(こぼ)れる。  しばし息を上げながら睨み合っていたものの、やがて2人して手を離す。冷房の音がやけにうるさくて、手のひらだけが熱かった。  コーラが入っていた紙コップを拾い上げながら、「なぁ」と新太は呟く。 「そういえばさ。一つ、聞きてぇんだけど」 「……なに」 「何回もさ、『蜂玉園の物は何も食べるな』っつってきたじゃん。アレって結局どういう意味なんだよ」 「そんなことも言っていたな、そういえば」  伊織のぶっきらぼうな返しに、「そんなことってよ」と新太は唇を尖らせる。ティッシュでコーラを拭いていると、伊織も横から手伝いながら口を開いた。 「俺たちは、蜂玉園が養蜂している蜂の蜜に、なんらかの秘密があるんじゃないかと疑っているんだ」 「ただの蜂蜜じゃねぇってこと? 毒入りとか?」 「単なる毒なら死んでしまうが……なんと言えばいいかな。催淫効果のようなものを、我が家の蜂蜜に感じているんだ」 「さいいん……?」  ティッシュを丸めながら新太が首を傾げると、伊織は「あぁ」と顔を上げる。 「催淫。惚れ薬と言った方が分かりやすいな。妙にあの蜂蜜の虜になるものが多くてね、毒は美味とも言うだろ」 「とりあえず食ったらヤベェ蜂蜜ってこと?」 「成分を詳しく調べたりしたわけではないから、断定はできない。けれど……そのメカニズムさえ解くことが出来れば、何か手を討ちやすくなるかも知れないんだ。信者たちの洗脳を解く鍵も見つかるかも知れない」  確かに信者の洗脳を解くことが出来るならば、それが最も良い手なのかもしれない。新太なりに理解してうなずいていれば、伊織はゴミ箱にコーラ色のティッシュを放り投げながらため息を吐く。 「もちろん売春や違法労働についても証拠を収集するつもりだ。いつかはマスコミに売ろうとも思っている。でも、それだけでは……蜂玉園が根絶しない気がしてね」 「んまぁ、なんとなくは分かった。とりあえず何かマスコミに売るってことなら、オレの知り合いの記者にでも話しつけとくよ」 「知り合いの記者……?」  怪訝な顔をした伊織に、新太は「おう!」と胸を叩いて元気よくうなずいてみせる。 「父ちゃん絡みで知り合った記者なんだけどさ、オレのことを選手としても評価してくれてる人でさー! マスコミっつってもどこが良いか分かんねぇだろ?」 「キミ、本気で俺たちに関わるつもりなのか」 「あったりめぇだろ? ここで逃げたら漢じゃねぇ!」 「……勝手にしろ」  ぷいっと背く伊織の返事に、「よっしゃ」と新太はガッツポーズを作る。ようやく蜂玉園への敵討ちへの参加権を得ることができた。 (湊の死はオレの責任でもあるんだ。オレの手で、何がなんでも蜂玉園の悪い奴らを懲らしめたい。……それに)  目の前にいる彼、八ノ宮伊織。  『姫様』と呼ばれる彼をどうにか、自由にしてやりたい。  父に言われた通りに誰かを救える人になりたいと願っているからだろうか。どうにも彼を放っておく気には、なれないのだ。 「っつうわけで、改めてよろしくな!」  伊織へ手を伸ばすと、ちらり、視線を向けてくる彼。しばし間を置き、ゆっくりと手を出してくれたと思ったのだが。  ぺちんと新太の手を軽く叩き、伊織はハンバーガーを片手に再びそっぽを向いてしまう。 「ひっでぇなー、昼みてぇに握ってくれたらいいのに」 「嫌だ」 「かわいくねー姫様だな」  呆れる新太に対し、「うるさい」と言った伊織は壁の方を向いたまま、残りのハンバーガーをもぐもぐと静かに食べている。  そんな彼の背中に苦笑し、「ま、いっか」と新太もチキンナゲットを頬張りながら、夏の晴天が広がる窓へと顔を上げた。
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