第一章 大安の出会い

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(今日は思ったより人が多いな)  講演を行う舞台の袖から客席の方へ視線を向け、八ノ宮伊織(はちのみやいおり)はため息を吐いた。 (まぁ本日は六曜(ろくよう)大安(たいあん)、夏陽が厳しくとも足を運ぶ者は多くなるものかもしれないな。……俺にとっては不成就日(ふじょうじゅび)に等しい日だが)  皆、俺の公演を聞きに訪れた者たちなのだ。 (いや……俺じゃない、『八ノ宮伊織』の公演を聞きに来たんだ)  八ノ宮伊織。己の名だが、未だに大嫌いな響きである。  信仰宗教団体『蜂玉園(ほうぎょくえん)』の次期女王、八ノ宮伊織。  齢は19、性別は男。茶髪に金目銀目(きんめぎんめ)のオッドアイに色白の肌と、女のように美しい顔をした、信仰されるべき完璧な存在。頭脳明晰で聡明。口から(こぼ)すことは世の真理、間違った言葉など一言も落とさない。 (そんな美しい存在、ありえない。そもそもこんな宗教団体……あぁ、ここへ来た人たちは皆、可哀想だ)  眉間を指先で押さえ、頭痛に目を伏せた。  蜂玉園。表向きは差別のない、平等な人権を築くことを目的としている宗教団体だ。 (実際は他者との違いに苦しんで生きてきた人々の弱みにつけ込み、洗脳し、利用し、金を搾り取るような組織だ。他の胡散臭い宗教団体と大して変わらない。―――こんな組織、いつか……俺の手で)  呟きながら苦笑する。我ながら次期女王あるまじき発言だ。 (今はまだ、その時ではない。……タイミングを計らわなければ)  首を振り、重たい頭を上げる。  ここは蜂玉園の施設内にある公演会場。外観の見てくれは巨大な寺のようだが、内装は大きな和装の公民館のような造りをしている。公演会場のみならず、飲食物や宗教具の販売所、学童まで備わっているのだ。
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