第一章 大安の出会い

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(今日は月に一度、新たな信者を入れるための勧誘講演会。何度も経験しているが、重たい。息苦しい。この空気も、この着物も)  自分はまだ次期女王の立場。蜂玉園という組織自体は現女王である母が治めている。 (次期女王として、18歳を迎えてからは積極的に表舞台に顔を出すようになったが……実質は、俺も母上の操り人形に過ぎない)  舞台袖の大きな姿見に映る己を見つめた。  白地に白帯、鮮やかな黄色の差し色の着物。茶髪のもみあげが右側だけ長く伸びている。  この着物が息苦しいのは当然かもしれない。母のお下がりであり、女物の着物なのだから。 (蜂玉園の(おさ)は金目銀目の女が継いできた。だが母上は男しか産めなかった。だから母上と同じ金目銀目で生まれた俺が、次期女王に……男の女王なんて、なんとも滑稽だ)  蜂玉園は、名の通り蜂の組織構造に近い仕組みを有する団体。たった1人の女王が代々治めている組織なのだ。  伊織も男だろうが次期女王なのだからと、正装ではこの着物を纏う決まりとなっている。伊織以外の兄弟は皆、黒髪に黒い瞳と日本人らしい外見をしているのだ。  ――――この特異な外見は、人を魅了する武器となる。  これが運命の悪戯(いたずら)というものなのだろうか。呟きながら、そっと唇に塗った紅に触れた。  信者たちから巻き上げた多額の金で成り立った身なりは、恍惚(こうこつ)とするほど美しく、それでいて哀れなほど儚げで虚構そのものだ。  後ろからそっと、肩を叩かれる。 「姫様。そろそろお時間です」  そう伊織に声をかけてきた警備員の男も、蜂玉園の信者の一人。次期女王である伊織は、信者たちには『姫様』と呼ばれているのだ。  伊織は男へ微笑み、「わかった」と重たい空気を吸い込んだ。  今日もまたこの妖美で、声で、言葉で。八ノ宮伊織に心酔させる。  それが俺の仕事だ。 「さあ――――」  踏み出した刹那。 「八ノ宮伊織! お前が八ノ宮伊織か! 話があるっ!」  舞台の足元から、小柄な青年が顔を出して叫んできた。
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