第一章 大安の出会い

7/7
前へ
/112ページ
次へ
――――『男だろうが関係ない。あなたはね、蜂玉園の完璧な女王なのよ』  母の声が蘇り、ズキッと頭痛が疼く。  我が母であり、蜂玉園の3代目女王。八ノ宮茜(はちのみやあかね)。  長く滑らかな茶髪に、金目銀目のオッドアイ。その(あや)しい美と、冷徹な眼差しを思い出す。 (本家には母上がいる。……なるべく相対したくない、けれど)  目の前でうつむいている新太を見つめる。  不器用な字で書かれた「牧野湊」という文字に、伊織は金目銀目の瞳を伏せた。 「……なんとか、探してみるよ」 「ほんとか?」  顔を上げた新太に、うなずいた。  彼に書いてもらった紙を手に取る。 「信者の名前と生年月日はまとめて管理しているからね、調べたらきっと分かるだろう。百の保証は出来ないが……彼を見つけ次第、家に帰るよう説得もしてみる」 「本当に調べてくれるんだな?」  立ち上がる勢いの彼に、再びうなずく。その肩に触れ、「だから」と口を開いた。 「キミはもう、ここに来てはいけない」 「は? なんで……てかここにいるなら、すぐに会えるんじゃ」 「ここは別家、支店のようなものなんだ。本家はここから3時間ほど離れた土地にある。彼は本家に住み込みで暮らしている可能性が高い、連れ戻すには時間がかかる」 「ならオレも一緒に説得する! 3時間くらいなら」 「やめとけ、帰るんだ。キミはどうにも素直すぎる。ミイラ取りがミイラになっても責任は取れない」 「オレが連れ戻すって湊の母ちゃんに言ったんだ! だから」 「帰るんだ!」 「嫌だ! オレも連れて行け!」  胸ぐらを掴まれ新太と睨み合うも、ふと目の前の彼に瞬きをした。 「キミ……紅茶の香りがしないな」 「紅茶? なんのことだよ」 「講演会の待ち時間で、蜂蜜紅茶を出されただろう」 「すぐにお前のとこに走ってったから、んなもん飲んでねぇよ」  彼の返答に目を丸くする。あの蜂蜜紅茶は独特な香りがするのだ。伊織は蜂蜜嫌いで飲んだことはないが、あの味に取り憑かれて蜂蜜紅茶を買うために通い始めてしまう信者も少なくない。 (ここへ来て、あれを飲まないでいるのは……奇跡的に運がいい)  気づけば体に付いていた香りも薄くなっていた。 「……分かった、キミも連れて行く。だが一つ約束して欲しい」 「約束?」 「ここの、蜂玉園のものは。何も買うな。そして、何も……食べるな」
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加