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◇◇◇
あのビッグバン的カミングアウトからまる三年が経った七夕、尻尾の始祖が再び新都ドームに降り立った。
トロピカルなビキニを纏ったその巫女は、ステージの中央にやってくると、軽く膝を曲げ、人差し指を唇に当てた。
「シィーー……」
数十秒ほどの静寂の後、巫女は「よし!」っとファン達を解放した。バックミュージシャンが軽快にスティールパンを刻み始めると、巫女は再び人差し指を唇に歌い出した。
シィ〜 シッシ〜♪ 私の秘密♪ 聞きたぁい?
シィ〜 シッシ〜♪ 尻尾の秘密♪ 言っちゃったぁ!
え? ウソウソほんと〜に?♪
あなたも一緒? シッポっぽ?♪
運命! 奇跡! ウッキウキ♪
あなたも私もでウッキッキ〜♪
尻尾を振り振り歌う彼女に、群衆たちは頭と顎を手で挟み「ウッキッキ〜♪」と猿真似をする。
その様子を、VIPルームのソファ席に深く腰掛けた男が見下ろしていた。尻尾のないその男は、隣に立つネイビースーツの男に話しかけた。
「順調に先祖返りしているようだな」
「はい、七世代後には完全な猿となるでしょう」
厳かに、スーツの男は頭と尻尾を垂れた。
尾なし男は、細長い鼻孔を鳴らすと、小馬鹿にしたように問いかける。
「しかし、仮にも一国の指導者が、こんなにも容易く尻尾を受け入れてしまうとは……。お気付きだったんでしょう? あのアイドルや、元祖尻尾民が我々の手の者だと」
「存じ上げておりました……が、国民に担ぎ上げられただけのこの私に、何ができましょう? まして全世界の八割が、尾てい骨成長促進剤という名の、退化の種を埋め込まれてしまった今となってはーー」
スーツの男は、言い訳でもするかのように、とうとうとぼやき続けた。
「臭いものに蓋をしてしまうのは、人間の性なのかも知れません。自分が生きている間に、致命的な問題さえ起きなければいい。そうやって目の前の問題や本質から目を逸らし、未来へ未来へと先延ばしした結果が、この伸び切った尻尾なのでしょう。遅かれ早かれ、人間社会は決壊していたのです」
諦観の表情を浮かべるスーツ男の肩を、尾なし男は力強く叩くと、櫛のように並んだすきっ歯を見せ笑った。
「アイドルの尾てい骨が、Idle(怠惰)な尾てい骨になったわけだ。ま、そう悲観なさるな、総理。あるべき姿に戻るだけだ。この星の未来などという重荷は我々に任せ、君たちは能天気に、気楽な毎日を楽しめばいい」
この世のものとは思えないグロテスクな高笑いに合わせ、天井に向かってアンバランスに伸びた紫色の頭が、ユラユラと揺れた。
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