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アンティーク人形
雑然とした店住まい。それが、水晶堂の第一印象だった。
入口に入って最初にあったのは、大きな水槽の中を泳ぐ、一匹の魚だった。
「パプワンバス――でしょうか?」
「これ、売り物?」
「あら?なら――この鎧は?」
「これ着て、歩けるのかしら?」
雑然とした店内を、真琴は進んでいた。
「値札が、一切付いてないのね?あらあ♡可愛い人形♡これ買って帰れないかしら♡?」
「お金なら、立て替えますが」
「あら、お客さん?」
「きゃあああああ!喋っ?!ええええ?!」
喪服のようなドレスを纏った少女人形。等身大の大きなアンティーク人形が、口を開いた。
「水晶堂に住まいし魔女、蒼天のスターレス様とお見受けしました。時に、勘解由小路細なる者を、覚えていらっしゃいますでしょうか?」
んー。人形が、首を傾げた。
「3日前かしら?お尻を触られたの。確か、鉄道が爆破されて」
「昭和3年、柳条湖事件の折、細様は任務にて、奉天にいらっしゃいましたが」
「え?柳条湖――て、奉天事変?100年近く前でしょ?」
「そうだったかも知れないわね。あら、でも、美味しそうな猫ちゃん」
人形の視線の先に、尻尾をピンと立てた黒猫が座っていた。
「は、ハニャ?!お待ちください!私は!」
「――え?真琴さん、どうしたの?」
真琴は、古書が積み上がった隙間を見ながら、苦しそうな声を上げた。
「――凄い力です。人形を――保っていられま――せん。ああ、あそこに這いずってしまいそう」
ああ、真琴さんて、蛇だったのよね。
「ああごめんなさい。ちょっとフィールドを調律したものだから、かりそめの存在は、みんなこうなってしまうのよ?」
人形が、ゆっくりと、床に足をついた。
空襲警報のような、ぐうううううう。という音が腹に響いていた。
「ニャアアアアア?!猫はともかくとして、私は美味しくはございません!」
「――そーお?」
ああ、食べられてしまう。三鷹さんが人生を諦めようとした時、
「いーや。この馬鹿は食うぞ?カニバリズムは魔女の嗜みなんだとさ」
現れたのは、大学生くらいに見える、肩に鳥を止まらせた、1人の青年だった。
「あら?どうしたの?四月一日君」
「嫌な予感が凄くてな?学校サボって、紅葉保孝と六反リベンジしようと思ったんだが、おばさん達、星無に会いにきたのか。とりあえず、お茶をどうぞ。真っ当な人間が飲む、植物由来の真っ当なお茶を。奥へ行くぞ?星無月子。そんなロリっぽい格好しやがって」
「私の見た目は、観測する人のいる世界では変わってしまうの。四月一日君は、三面六臂で水牛に乗ってると思ってたけど」
「大威徳明王か何かか俺は?!ほい。行くぞ」
青年が、猫じゃらしをフリフリさせながら言った。
とりあえず、三鷹さんが拐われた。
だから!それ入れんなって星無!チャルメラもやめろ!
バックヤードが、妙に騒がしかった。
「お待たせしました。人間のお客なんか始めてなもんで、初対面で死体やアノマノカリス食わない、普通の人間が」
ドロっとした、名状し難きお茶のようなものが出された。
「大丈夫。試しに飲んでみましょうブフォオオオ!お前!やっぱり入れたな?!」
「スピリドーノアのフォーマルハウトの胆囊。凄く苦い」
「だからお前はよおおおおう!あー、で?おばさん達何のご用ですか?」
「――おばさん?達?」
志保は、凄いムカッときていた。
「星無月子さん、でしたか?この、童貞臭い小僧の如き少年と、どういうご関係でしょうか?場合によっては、砂塵に帰しますがどうでしょう?」
あれ?何か、おばさん怒ってる?とか青年が思っていると、
「おい始。この人達ををあまり怒らせるなよ?幾らお前でも、バジリコックの邪眼に耐えられるのか?」
口を利いたのは、青年――四月一日始の肩に止まった、尾羽根の長い大型の鳥だった。
「マジか?ジャスター」
「フェニックスの――類ですか?これは」
いや、違う。ジャスターという鳥は、落ち着いた声で言った。
「俺はまあ、始の可能性の具現化した姿だ」
「猫に蛇か。まあうちの日常的な光景なんだが、どうだろう。お互い何者か、紹介し合うのはどうかな?星無?まあこういう生き物としか言いようがない」
よく解らないが、真琴は自己紹介と、ここにきた理由を語ることになった。
「へえ、祓魔課?そんなのあるんだっけ?」
「要するに、モンスターハンターみたいな人達ね?」
「テレビを見ろお前等。情報はきちんと収集しないと、真っ当な魔法使いになれんぞ?」
「うるせえよジャスター。こんな連中に煩わされるほど、水晶堂はヤワじゃないぜ?まあうちの結界簡単に越えて店に入ってきた力については、ああねえ、って思うしかないが」
「え?結界?普通に開いてたけど」
「今日は、開店中だったもの」
「星無いいいいいいいい!誰彼構わず入れんな!」
「でも、この人達は、魔女が住む場所って知っていながら、平然と入ってきたわ?それだけで、普通じゃないんだもの、じゃあ、行きましょう?車って、あるのよね?じゃあ、ゆこう?」
「ええ。私のリムジンをお貸しします」
「あれ?ゆこうって言われたら、ゆこうって言うって、この世界の常識じゃなかったっけ?」
「そういうことになったとか、もういいんだよ。で?俺行かんでいいのか?」
「四月一日君とジョドーはお留守番。ジョドー、お願いね?」
「行ってらっしゃいませ。お嬢様」
ああ、この鎧って、売り物じゃないのね?
志保は、変なところで納得していた。
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