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それから先の私の記憶は飛び飛びだ。
覚えているのは、震える手で警察と救急に電話したこと、真奈に触れると冷たくなっていたことだった。そして大勢の警察が私の部屋を出入りし、様々な質問をされた。
私が未だに逮捕されないのは、決定的な証拠がないからだろうか。自首しようかと思い始めたそのとき、女性刑事と一緒にやってきた人物を見て驚いた。
「社長」
「宏哉……」
宏哉が駆けつけてくれたのだ。彼は出入りする警察官を横目に私の傍にやってきた。そして周りを見渡すと、部屋にいる人全員に聞こえる、よく通る声で言った。
「みなさま、社長は精神的に疲れていらっしゃいます。しばらく、近くのホテルで休ませていただけないでしょうか。訊きたいことがあれば、こちらから警察署に伺います」
『いただけないでしょうか』と言った割には、有無を言わせない雰囲気が宏哉から出ていた。すると、一人の男の刑事が一歩前に出て訊いた。
「誰なんだ君は。名乗らずいきなり部屋に入ってきて、そんなこと言うなんて失礼じゃないか」
「失礼いたしました。社長の秘書の宏哉と申します。ぼくは社長の状態を見て、お願い致しました」
男の刑事は宏哉を見たあと、私の方を向いた。
「そうか。まあ僕も今から席を外そうと思っていたところだし……。もしなにか進展があればお電話します。こちらの番号からかかってきたら、僕からだと思っていただければ」
と、刑事は名刺を出して私に差し出した。“捜査一課 田邊雅人”と書かれていた。
私は田邊さんに一礼した後、宏哉を見た。彼は何も言わず部屋を出ていく。その後を私もついていった。
私は宏哉が運転する車に乗り込むと、大きく息を吐いた。顔を上げると、車を発進させた宏哉とミラー越しに目が合う。
「大変でしたね」
「……ああ」
目を逸らし、流れる景色を見つめながらそう返すと、ふっと笑う声が聞こえた。気になって宏哉に目を向ける。だが彼は無表情のままだった。
……彼が笑ったのは気のせいだろうか。もやもやしたままの私を乗せた車はホテルに到着した。
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