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橘さんも捕まり全てが解決し、騒ぎも落ち着いた一ヶ月後。僕は久しぶりに輝と二人で呑んでいた。場所は僕がお世話になっているケンちゃんこと、健太さんの居酒屋。もちろん僕はお客として来ている。
「それにしても、一ヶ月経ってるんだね。早いなぁ」
僕の言葉に、ビールを飲んでいた輝は静かにジョッキをテーブルに置いた。
「そうだな。でも、あれからいいこともあった」
寒さも落ち着いてきたため、輝はジャケットから薄手のパーカーになっていた。そのパーカーのポケットから何かを取り出した。
「……鍵?どこの?」
「結希の事務所の鍵だ。これ貰ったとき、ようやく仲間に慣れた気がしたんだ」
「へぇー。よかったな」
輝の顔は、僕も見たことがないほどの満面の笑顔だった。その後照れたのか、輝の飲むペースが早くなった。
「……そうだ、前に俺と結希が格闘してた路地裏に来たとき、何で冬馬は俺から目を逸らしたんだ?」
「え?……あー、あれね。田邊さんの車から降りて、輝が駆け寄ってきたときの」
「そうそれ。目を逸らされて傷付いたんだぞ」
「……だってさ、あれは輝も悪い」
輝はビールを飲みながら話していたが、僕の言葉に彼の手が止まった。
「は?俺?」
「あのとき、輝があんな行動を起こした理由を僕は知らなかった。それは僕のことも嫌いになったから、何も話してくれなかったんだなって思って」
「冬馬のこと嫌うわけないだろ。俺はただ冬馬を巻き込まず、一人でやりきってやろうと思っただけだ」
輝はカウンターテーブルの木目を見つめながら僕の話を遮った。僕は頷いて話し続ける。
「うん。僕が合流したとき、輝は心から安心したように僕を見てくれた。嫌われたわけじゃないって分かった。本当にごめん。……でも、一言ぐらい言ってほしかった」
輝の顔を見ることができず、僕は俯いたまま言った。だがどれだけ待っても輝からの返事はない。……言わなきゃよかったなと後悔していると、横からゴンと鈍い音が聞こえた。驚いて隣を見ると、輝がカウンターテーブルに突っ伏していた。
「輝、大丈夫か?」
揺すってみるが、全く動かない。不安になっていると、微かに寝息が聞こえてきた。なんだ、寝ただけか。
久しぶりだったから忘れていたが、輝はお酒に弱い。一杯だけで酔うのに今回はペースが早く、これは二杯目だ。健太さんが様子を見に来てくれた。
「……輝くん寝ちゃった?結希に来てもらおうか」
何となく、迎えに来るのは新藤さんじゃなくて千紘さんの予感がする。その後、雑にタクシーに放り込まれることも。
僕と輝の扱いは違うけど、僕たちは共にいい人たちに出会えた。
「だよな。輝」
僕はそっと輝に話しかけた。鍵を握りしめて眠る輝の表情には、笑顔が浮かんでいた。
1、始まりはビルの屋上から【side冬馬】〜完〜
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