【七瀬 杏⑨】

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【七瀬 杏⑨】

「ここで魔王の首を獲れば、魔王軍は瓦解する! 我らの手で暴虐の限りを尽くすやつらを蹴散らすのだ! ゆくぞぉぉ!」  勇ましい檄を飛ばし、騎竜にまたがったゲオルグさんが剣を振り上げて皆を鼓舞すると、それに呼応するかのように大勢の兵士が開戦の咆哮を上げた。 「「「おおおおおぉぉぉぉ!!」」」  これだけの人数が腹の底から絞り出す音量は、地面がビリビリと揺れるほどの爆音となって鼓膜を乱暴に叩いてくる。  うるさい……と普通ならば感じるのだろうが、俺は柄にもなく、戦場の高揚感というものに包まれていた。  この戦いに勝てばシャルロッテから莫大な報酬をもらえるだろうし、それを持ってもとの世界へと帰れば、何不自由のない平和な日常を七瀬と一緒に送ることができるのだ。  高揚するな、というほうが無理だろう。  しかも、七瀬から【縮地】と【絶対領域】のスキルをコピーすることに成功しているため、自分の戦闘能力が向上していることも背中を強く押していた。  ちなみに、スキルのランクとしては【縮地】がAランク、【絶対領域】がSランクと記載されている。  俺の所持する【世界の変容】はEXランクで規格外だが、二つとも間違いなく優秀なスキルだ。  早く試してみたいという気持ちは、正直ある。 「突撃ぃぃぃぃぃ!!」  ゲオルグさんが、先陣を切って突撃を開始した。  俺と七瀬、そして翔吾と言峰さんは、竜戦車という乗り物に乗せてもらい戦列に加わっている。  馬に騎乗するような技術は持ち合わせていないため、ゲオルグさんが用意してくれたものだ。  チャリオットと呼ばれる戦闘用の馬車を、馬よりも丈夫で速く走れる騎竜という生き物に繋いであるといえば、イメージしやすいかもしれない。  これだけの大規模な動きをあちらが見逃すはずもなく、レインモール大森林に陣を敷いている魔王軍もぞろぞろと部隊の展開を開始しているのが見えた。  小鬼と呼ばれるゴブリン、豚頭の特徴を持つオークなどの亜人系の魔物から、泥人形のような外観をしているゴーレムのようなものまで、多種多様な魔物が入り混じった混成軍といった感じか。  ……近代兵器で争う現代の戦争はどうか知らないが、この異世界における戦というのは、まだまだ物量のぶつかり合いだ。  つまり何が言いたいのかというと、莫大な質量同士が正面から激突したときの衝撃というものは、まさに雷が落ちたかのような轟音とともに大気を震動させた。  ドゴォォォン!! という肉や金属がぶつかり合う音が響き、魔物の肉片やら、人間の体が宙に浮かんでいるのが見える。  そんな中で一際目立っているのは、身長を超えるほどの大剣を振り回しながら魔物の群れを薙ぎ倒しているゲオルグさんだ。 「……すごいな」  召喚された俺たちは全員がスキル持ちだが、この世界の住人も稀にスキルを宿して生まれることがあるのだとか。  将軍というだけあって、あの人も強力なスキル持ちなのかもしれない。  この戦い……いけるかもしれないな。  たしかに、正面からまともに戦うのは一見すると無謀な作戦に思える。  それで勝てるのならば、わざわざ籠城して相手を疲弊させ、王都からの救援を待つ必要もないだろう。  しかしながら、魔王の首を狙うという一点突破であれば、勝機も見えてくるかもしれない。  ……そんなことを考えていると、快調に進んでいた竜戦車の車体が突然大きく揺れて、俺たちは空中へと放り出された。  何者かが車輪を破壊したらしく、竜戦車は哀れにもバラバラに砕け散って魔物の軍勢に呑み込まれてしまったではないか。 「……あはは、また会えたねぇ。タカシ」  ――そんな不敵な笑みを浮かべているのは、こないだ戦った狼牙族のマルコシアスだった。  うおぃ。俺は会いたくなかったぞ。  っていうか、身体能力が強化されてるからなんとか全員無事に受け身とれたけど、走ってるクルマの車輪を破壊するとか絶対にやっちゃいけない行為だからな。 「兵士っぽくはないと思ってたけど、そっち側で戦ってるってことは、今度は誰にも止められずに戦うことができそうね」 「そりゃあ良かった。だけどどうせなら俺たち魔王と戦いたいんだよ。そこどいてもらえるか?」 「……あっはは。もしあたしに勝つことができたなら、魔王様の下へ案内してあげる……よ!!」  ギラギラと野性味あふれる眼光をぶつけてくるマルコシアスが、俺たちに襲いかかる。  ――……こいつが足止めにくるってことは、ゲオルグさんの情報は正しかったようだな。  臨戦態勢を取りながら、俺は偵察兵からの情報を頭の中で反芻していた。  すなわち、魔王が偉そうにふんぞり返っている本陣はどこにあるか、だ。  俺たちだって、何も考えずに突撃しているわけではない。  魔王の首を獲るという一点突破なのだから、当然、魔王の本陣を目指して突撃しなければならない。  偵察兵が持ち帰った情報を疑うわけではないが、いざ本陣まで攻め込んだのに魔王がいませんでした、では済まされないのだ。  仮にも魔王軍四天王とか名乗っていたマルコシアスが進路を阻んでくるのなら、この先に魔王が偉そうにふんぞり返っている可能性は高いといえるだろう。  ……だとすれば、俺たちの役目はここでこいつの相手をすることだ。  厄介な障害を減らしておけば、ゲオルグさんの本隊が魔王のところへ到達できる可能性が高まるからな。  パーティの皆に目配せをし、翔吾が了解とばかりに頷く。 「おらぁ! こっち見ろやぁ!」  基本的な戦闘スタイルは、この前に戦ったときと変わらない。  翔吾が【聖騎士の盾】で相手を引きつけて俺や七瀬が攻撃する。もし誰かが怪我をすれば、言峰さんが即座に回復するというのが基本スタイルである。 「お前も……なかなか厄介なんだよね!」  獲物に襲いかかる獣のように俊敏な動きで、マルコシアスはスキルを使用した翔吾へと駆ける。  装備やスキルの影響で防御力に抜きん出ている翔吾だが、あいつの突撃を正面から受けると無傷とはいかない。  だからこそ、攻撃役である俺や七瀬がこいつの突進力を殺す必要がある。 「行くぞ、七瀬」 「ええ」  マルコシアスは、俺が新たにスキルを獲得していることを知らない。  七瀬が【縮地】と【絶対領域】のスキルを使用することは前回の戦闘で把握しているだろうが、俺がそれらのスキルをコピーしたことまでは知るはずがないわけで。  【縮地】によって一気に距離を詰めた七瀬が振り下ろした剣は、マルコシアスが片手で器用に受け止めた。  間合いに入れば必中する攻撃に、回避行動は意味をなさない。  避けられないならば攻撃を受け止めるしかなく、かつ戦闘に支障をきたすような怪我は負わないようにしなければ、そこで継戦能力は失われる。  七瀬の所持するスキルは実に強力で、それを防ぐことのできるマルコシアスは、たしかに魔王軍においても優れた戦闘力を有する強敵なのだろう。  だからこそ―― 「……行動がワンパターンなんだよ。お前は」  ――先手必勝。  俺は【縮地】を使用し、七瀬に一拍遅れるかたちでマルコシアスまで即座に肉迫した。 「――……は?」  あり得ない、といった驚愕の表情。  以前の戦闘では、俺はこいつの動きを見切ってはいたものの、戦闘用のスキルは一切使用していなかった。  【世界の変容】によるセーブ&ロードを何十回と繰り返し、マルコシアスの行動パターンを必死に読みきっただけである。  だからこそ、こいつは油断していたはずだ。  自分の攻撃を紙一重で回避する面倒くさい相手――……だが、七瀬のように厄介な能力を持っているわけではない、と。  そんな思い込みが生んだ、ほんのわずかな油断。  七瀬の攻撃を受け止め、がら空きになっているマルコシアスの首筋へと――俺は、躊躇うことなく渾身の一撃を振り下ろした。
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