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【異世界クラス転移】
「――どうか、落ち着いて聞いてください。わたくしの名前はシャルロッテ・フォン・セントハイム。ここセントハイム王国の王女です」
そんなことを言い放ったのは、金髪碧眼の美少女だった。
「あなたがたには、ここセントハイムを侵略しようとしている魔王と戦っていただきたいのです」
……うん。
あまりにも突然のことなので、ひとまず事態を呑み込むためにも頭の中を整理することにしようかな。
チャイムが鳴り、いつも通り平凡な学校生活が始まろうとしていると、いきなり空間に歪みが生じてクラスにいた全員が異世界へと召喚された。
……とまあ、現在の状況をわかりやすく伝えるとそういうことになる。
非常に簡潔である。
幸い、この手の小説はたくさん読んだことがあるので、今後の展開とかも大体予想できる。
おそらくは、異世界へと召喚された俺たちには特別な能力が宿っており、それを使って魔王討伐をしてほしいという流れだろう。
小説では、召喚した人たちに隷属の首輪なんかを強制的に装着させて逆らえない奴隷にする鬼畜な王様もいらっしゃるが、どうやらこの美少女はそこまで非道な真似はしないらしい。
俺は、シャルロッテと名乗った王女様を観察するようにじっと見つめた。
整った目鼻立ちに、きめこまやかな白い肌、ひと目でわかるほどに高貴な雰囲気を醸し出している彼女は、一般的な高校生である俺たちとは別世界の住人である。
まあ、こんな美少女になら奴隷にされたっていいかもな。
俺がそんな馬鹿なことを考えている間にも、シャルロッテは戸惑っている他のクラスメイトへと丁寧な説明をしているようだった。
「――それでは、最初に自分がどのような能力を持っているか確認してください」
よーしよし。ちょっとワクワクしてきたぞ。
「ステータスオープン」
という言葉で、自分が所持している能力――スキルを確認できるらしい。
周囲でクラスメイトたちが様々な声を上げるなか、俺は期待を胸に抱きながらその言葉を口にした。
「なん……だと?」
こういうとき、自分だけが最強の能力を所持していました、とかならわかりやすいのだが……。
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EXスキル【世界の変容(チェンジ・オブ・ザ・ワールド)(R18)】
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なに、これ?
世界の変容? え? え? どういうこと?
EXスキルということは、おそらく非常にレアなスキルであることは間違いないのだろうが、これだけでは何のことかさっぱりわからない。
「皆様、ご自分が所持しているスキルを確認できましたでしょうか? 意識を集中すれば、それがどんなスキルであるか本人にはお分かりになると思います」
シャルロッテがそんなことを言うので、表示されている自分のスキルをガン見する感じで集中してみた。
(世界の変容(チェンジ・オブ・ザ・ワールド)(R18)――世界の理を変容させ、自身に理解しやすいインターフェイスで対象に指定した人物を攻略することができる)
ん? ん?
(なお、攻略した相手からはスキルをコピーすることができる。複数の対象を攻略する場合には、起点となるポイントへ時を遡ることを推奨。能力は引き継ぎ可。ただし、R18のため自分の年齢が18歳に達していない場合にはスキルの行使は自己責任)
あ、あ、ちょっと待って。
これ、あれでしょ?
難しい言葉で誤魔化そうとしてるけど、これ、たぶん恋愛シミュレーションゲームの話をしてますよね?
しかもちょっとエロいやつ。
R18の表記がある時点でちょっと変だと思ってたもの。
くそぅ。
なんで自分にこんなキワモノなスキルが与えられたのか、さっぱりわからない。
今年で18歳になったからといって、少しばかり積みゲーを増やしてしまったことが原因か?
……まあいい。
不本意ではあるが、対象を攻略すればスキルをコピーできるというのは有用そうだし、時を遡るというのはおそらくセーブ&ロードのことだろう。こうなってくると、自分だけ違う世界に召喚されたんじゃね? と思いそうになるが、有効活用してやろうじゃないか。
「よっ。なに黙り込んでんだ。そっちはどうだった? 役立ちそうなスキルだったか?」
俺の肩をバシバシと叩いてきたのは、短髪がよく似合っている男子――速水翔吾(はやみしょうご)だった。
こいつとは中学、高校と同じだったこともあり、わりと何でも話せる友人なのだが……さすがに今回のスキルについては気軽に話せそうにない。
学校での俺は、人畜無害な風評をいただいているんだ。
こんなスキルを所持していると知られたら、皆から変態扱いされることは避けられない。
「まあ、将来的には強くなれる可能性があるスキルだったよ。あまり大っぴらにはできないから、詳細は勘弁してくれ」
「そっか。俺のほうは【聖騎士の盾】とかいうスキルでな。敵の注意を引きつけたり、防御力が上昇したりするらしい」
「へぇ。タンク役には最適なスキルかもしれないな。パーティを組むなら一人は壁役が必要だし、腐らないスキルだと思うぞ」
聖騎士の盾、か。
役立ちそうなスキルだし、コピーできるならしておきたいところだが……翔吾は男だ。
友情エンドという形で攻略できるなら問題ないが、今ここでこいつを攻略対象に指定する勇気は俺にはない。
「さて、ご自分が所持するスキルは把握できたかと思いますが、もちろん魔王の討伐を強制するつもりはありません。もとの世界へ帰ることを希望された場合も、準備が整い次第、責任をもって送還させていただきます」
シャルロッテのそんな言葉を聞いて、皆も安心したようだ。
誰だって強制されるのは嫌うものだし、もとの世界へ帰るという逃げ道が断たれてしまっていたら、不安にもなる。
……案外、この王女様は策士かもな。
強制はしないし、帰ろうと思えば帰れる。
そう思わせておけば、許可なく召喚されたことへの怒りや戸惑いは薄れ、異世界でファンタジーな能力を手に入れたという興奮が勝る。
現に、周囲のクラスメイトの大多数は手に入れたスキルを試してみたいようで、浮き足立っているように見えた。
「もちろん、魔王を討伐した暁には望むだけの報酬を用意させていただきます。皆様が暮らしていた世界でも、貴金属というのは価値があるものなのでしょう?」
シャルロッテはそう言って、自分が身につけていた首飾りを外してみせた。
宝石や金細工で美しく装飾された首飾りを見て、周囲にいる何人かからゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
ふーむ。シャルロッテが腹黒だとは思わないが……煽り方が上手いな。
もとの世界へ帰ることができる、と聞かされたら、どうせなら一生遊んで暮らせるぐらいのお金を手に入れてからと考えるやつも多いだろう。
しかも、今の自分たちには、それを可能にするかもしれない強力なスキルが宿っているのだ。
「どうする?」
翔吾が聞いてくるので、
「……とりあえずは、王女様の言葉を信じるしかないんじゃないか? 帰るにしても今すぐは無理そうだし、こんな経験なかなかできるもんじゃない。魔王を倒すとかはさておき、どうせなら異世界を見て回りたいかな」
「だな。俺もそう思う。それならいっそのこと、俺とお前でパーティでも組むか? 俺のスキルは攻撃には向いてなさそうだからな」
「ああ、そうするか」
翔吾の誘いに、俺は迷うことなく返事をする。
見知らぬ世界を旅するのに、気心の知れた友人という存在は大きい。
「あ、あの! ちょっといいかな?」
そうして男臭いパーティが結成されたところへ、ショートボブの髪型がよく似合う女子生徒が声をかけてきた。
「お、言峰じゃん。どしたん?」
彼女の名前は、言峰 詩織。
俺とはそこまで親しくないが、言峰さんはサッカー部のマネージャーであり、翔吾はサッカー部員のため、二人が喋っている姿はよく見かける。
「その、速水たちがパーティを組むって話が聞こえたからさ。よかったらわたしらも一緒に入れてくれないかなって思って……」
言峰さんの後ろにいた人物が目に入り、俺は一瞬だけ動きを止めた。
長い髪を後ろで束ねている、ポニーテールの女子生徒。
――七瀬 杏。
……俺、たぶんこの子に嫌われてるんですけど。
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