76人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
【七瀬 杏①】
――小学校の頃、俺は家の近くにあった剣道道場に通っていた。
当時人気だったアニメの主人公が刀を振り回しているのに憧れて親にお願いしたのだが、そんな不純な理由から始めたにしては意外と長く続いたほうだと思う。
七瀬は、その道場に通っている一人だった。
同年齢ということもあり、稽古で手合わせすることが多かった。
実力も拮抗していたため、勝ったり負けたりを繰り返していたが、仲は非常に良かったほうだと思う。
『次は負けない』
という言葉を、お互い別れ際によく言っていたものだ。
変化が起こったのは、中学生のとき。
地元の中学校へ通うことになった俺と七瀬は、男女合同の剣道部へと入部した。
そうして変わらず稽古を続けていたはずなのに、いつの頃からか、俺ばかりが勝つようになってきたのだ。
技量が互角ならば、筋力や体格で勝っているほうが有利なのは言うまでもなく、中学生にもなると男女の差が明確に勝敗を分ける要因になってくる。
そうして、試合に負ける度に不機嫌になっていく七瀬の姿を見ていられなくなった俺は――中学の途中で剣道部を辞めた。
『勝ち逃げするな』と何度か噛みつかれたが、なんとなく気まずくなった俺は、だんだんと七瀬を避けるようになっていったのだ。
高校では竹刀に触れることすらなくなった俺は、自堕落なゲーム三昧の毎日。
七瀬のほうは、今や剣道部の主将として活躍する毎日で、全日本女子の大会で新聞やテレビに紹介されていることもあるほどだ。
三年になって同じクラスになったとき、七瀬に一言だけ挨拶をする機会があったのだが、虫を見るような目で無視されたのが最近のトラウマである。
――とまあ、俺と七瀬の馴れ初めはこれぐらいにするとして、なぜそんな彼女が俺とパーティを組もうとしているのか? それがわからない。
言峰さんの後ろにいた七瀬へと視線をやると、
「わたしは詩織が速水君とパーティを組みたいって言ってたから、ついてきただけよ。速水君は別として、頼りない人間がパーティメンバーだと詩織が心配だものね」
「ちょ、ちょっと杏! わたしは別に速水と組みたいなんて言ってないでしょ。どうせなら部活で顔を合わせてるあいつにしとくか程度で……」
なるほど。言峰さんはわかりやすいな。なんというか微笑ましい。
「それに、そんなこと言ったら影山君に失礼でしょうよ」
ちなみに影山 崇(たかし)というのが俺の名前で、七瀬に頼りない人間という評価を下された人物でございます、はい。
「そうだぞ。剣道部で主将やってる七瀬からすれば頼りないかもしれんけど、崇だって中学では剣道部だったんだからな。ん? あれ、もしかしてお前ら同じ部にいたんじゃないのか? だったら――」
「いやぁ! たしかに俺って頼りないかもしれないけど、パーティメンバーは四人ぐらいがちょうどいいんじゃないかな! これからよろしく!」
さっそく地雷を踏み抜こうとしている翔吾の言葉に被せるようにして、俺は言峰さんと七瀬のパーティ加入を歓迎することにした。
「……まあ、崇がそう言うなら俺は別にいいけどな」
こうして、めでたく四人パーティが結成されたわけで、
「ねえねえ、速水のスキルってどんなだったの? 教えてよ。聖騎士の盾? ふ~ん。じゃあか弱い女子が危険な目に遭いそうだったらしっかり守ってよね」
「……お前、か弱くないだろ」
「はぁ?」
――といった言峰さんと翔吾のやり取りを横で聞きながら、俺は七瀬にあらためて挨拶をしておくことにする。
「その……よろしくな」
「ええ、よろしく。影山(・・)君」
俺が中学で剣道部を退部するまでは、崇と名前を呼び捨てにしていた彼女だが、今や初対面ぐらいの勢いで名字呼称の挨拶を返してきた。
……削られるわぁ。
だけど、ちょっと待てよ。
今こそ、俺のスキルが役立つときなんじゃないか?
いや、別にエロい意味で言うわけではないが、【世界の変容(チェンジ・オブ・ザ・ワールド)】(※R1●は今後省略することにしよう)で七瀬を攻略することができれば、少なくとも仲直りはできるかもしれない。
普段は言えなかったことも、ゲーム感覚でなら素直に口に出せるかも。
ものは試しだ。問題が起こりそうなら、スキルの使用を中止すればいい。
【世界の変容(チェンジ・オブ・ザ・ワールド)】――発動。
攻略対象の人物を指定――【七瀬 杏】っと。
(スキルが使用されました。指定した人物からの好感度を確認できるようになりました。これからのあなたの言動によって対象の好感度は変動します。好感度に重大な影響を及ぼす場面では選択肢が表示されます。また、選択肢が発生する場面を起点として時間を移動することができます)
……なるほどな。
やはり、俺のスキルは恋愛シミュレーションゲームの現実拡張といった感じのようだ。
相手からの好感度がわかるようになり、選択肢が発生する場面ではオートセーブされるので、失敗したと感じた場合はそこからやり直すことが可能。
こんな素晴らしい能力があれば、七瀬と仲直りすることも容易いのではないだろうか。
どれどれ、今の七瀬の好感度は……と。
げっ。
(あなたへの好感度:空気)
いや、好感度の表示の仕方が独特すぎるだろ!
空気ってなんだよ!? いてもいなくてもわからないレベルってこと!?
避けてたのは悪かったと思うけど、俺の評価ってそんなに下がってんの!?
実はちょっと気にかけてくれてるかも、とか淡い期待を抱いてたけど、全然そんなことなかったわ!
俺のことを空気と思ってる相手と一緒にパーティを組んで、これからやっていける自信ないんですけど。
くそぅ。
やっぱり、まずは素直に謝ったほうがいいんだろうか……。
俺がそんなことを考えていると、視界にゲーム画面の選択肢のようなものが表示されたではないか。
▼『とりあえず今までのことを謝る』
▼『ひとまず様子をみる』
はい、きました。選択肢です。
これまでの俺は、ずっと様子を見てばかりだった。
だが! 今こそ逃げ腰だった自分と決別するときだ。
……ポチッとな。
謝ることを選択した俺は、正面にいる七瀬に頭を下げた。
今までずっと正面から向き合うことを避けてきたというのに、不思議なものだ。
もしかすると、これもスキルの効果なのかもしれない。
「その、今まで悪かった。七瀬」
「……それ、何に対する謝罪なの?」
「中学で剣道部を辞めてから、俺、ずっと七瀬のこと避けてた」
気まずくなって、何を話していいかわからなくなった情けない自分が、こんな一言で許してもらえるとは思っていなかったが、謝ることで何かが変わるかもしれない。
――そんな俺の願いは、粉々に砕かれることとなった。
「別に、避けられてたことについてはそれほど怒ってない。わたしが腹を立てているとすれば、影山君が剣道部を辞めたことについてよ。なんで……剣道部を辞めたの?」
「なんでって……俺が勝つようになってから七瀬はずっと不機嫌だったし、それを見てるのが辛くて――」
喋っている途中で、俺は七瀬に胸ぐらを掴まれていた。
「それが……あんたが剣道を辞めた理由?」
激しい怒り、そして深い悲しみの色。
七瀬は目まぐるしく感情を変化させたかと思うと、突き飛ばすようにして俺から手を離した。
「……やっぱりわたし、パーティ組むのやめとく。さよなら」
そうして、七瀬は俺のほうを振り返ることなく――時よ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ!
――……はぁ。
無事に選択肢まで戻ってこれた俺は、ぷはっと息を吐き出した。
……この選択肢って、好感度の変動に大きく影響する場合に表示されるって説明だったが、必ずしも好感度が上昇する場合に出現するわけでもないんだな。
なかなかに奥が深い。
……さっきのは、七瀬が怒っている理由を俺が理解できていないのが問題なんだろう。
なにをどう謝ればいいのかわからないと、相手を余計に怒らせるだけである。
ここはひとまず、様子を見ることにするか。
パーティを組んで行動していれば、七瀬の心情に触れる機会もあるだろう。
最初のコメントを投稿しよう!