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【七瀬 杏②】
少しだけ、俺たちが召喚された異世界のことについて整理しておこうと思う。
俺たちが太陽系第三惑星のことを地球と呼ぶように、この異世界のことはイスカンディアと呼ばれている。
俺たちと何ら外見が変わらない人たちが多く暮らす――中央大陸。
その中央大陸で最も栄えているのが、俺たちが召喚されたセントハイム王国なのだとか。
地図から概算すると、セントハイムの領土面積はおそらく北海道ぐらいといったところか。
セントハイムの北方は寒さも厳しく、作物も育ちにくい環境のため未開拓地域として地図もないのだが、今回問題となっている魔王軍とやらは、その北方から南下する形で侵略してきたという話だ。
未開拓地域から魔物が迷い込んでくることはよくあるそうで、もともと北方の守りにはバルド城塞都市なる要塞が建設されていたらしいが、今回の魔王軍侵攻の矢面に立ったバルド城塞都市は手痛い打撃を受け、救援を要請。
セントハイムは要請を受けて兵士を派遣するも、状況は依然として困難なため、ついに召喚の儀に踏みきった。
――というのが、魔王討伐に協力すると申し出た俺たちに提供された情報の一端である。
他にも、資金面の援助や装備の支給など、シャルロッテはかなり手厚く召喚した俺たちの世話を焼いてくれた。
あたりまえだが、『魔王を倒してまいれ!』とか言いつけて端金を渡して城から送り出す王様なんかとは比べものにならない。
所持しているスキルを無理やり申告させられることもなく、あくまでも俺たちの自発的な行動を全力で支援するという姿勢を徹底していたように思う。
強制はせず、退路をつくり、成果に応じた報酬を約束することで反抗心を薄めるのが目的だとしたら、シャルロッテは大したものだ。
ちなみに、俺たち以外にも協力を申し出た生徒は大勢いたが、もとの世界へ帰れるまで王国での保護を要求した生徒もいた。
いくら異世界でスキルを入手できたからといって、物騒なことに関わりあいたくないと思う精神は、至って正常だと思う。
シャルロッテは、その生徒たちも責任をもって保護すると言っていた。
もとの世界へと送還する準備に少し時間がかかるらしいが、何不自由ない生活を約束すると明言していたため、大きな反発もなかったようである。
まあ、そんなこんなで出立組である俺たちは諸々の準備を終えた後、王城を後にしたのである。
「――さて、これからどうする?」
翔吾のやつが俺にそんなことを聞いてくる。
「ひとまずはバルド城塞都市とやらに行ってみないか? 魔王の軍勢が攻めてきたせいで、大変なことになってるんだろ? お金や装備をここまで都合してもらったからには、相応の礼をもって返さないとな」
「おお、なんつーか乗り気だな。強制はしないって言ってたから、俺としてはのんびり異世界観光するのも悪くないと思うんだが……まあ、魔王軍ってのがどんな相手なのか偵察しにいくのも一興かもな。そっちの二人はどう思う?」
「わたしも影山君に賛成かな。困っている人がいて、自分がその助けになれるんなら、放っておくのも寝覚めが悪いし」
「……影山君、今回は逃げないのね。わたしも賛成よ。こちらの同意を得ずに召喚したのは褒められたことではないけど、王女様はできる限りの礼をもって接してくれた。なら、わたしたちも相応の礼をもって行動するべきだと思う」
「ああ。礼に始まり、礼に終わる、ってやつだな」
「ふぅん。剣道を辞めても、最低限のことはまだ忘れてないみたいね」
(七瀬杏の好感度が上昇しました。好感度:空気→クラスメイト)
よーしよし。
七瀬の好感度を上げることに成功したぜ!
……っていうか上昇してクラスメイトってどういうこと!?
別に好かれてようが嫌われてようが、同じクラスに在籍してるクラスメイトですけど何か!?
好感度の表現にツッコミを入れながらも、俺は七瀬の好感度がやや回復したことに歓喜した。
というのも、さきほどの『これからどうする?』という翔吾の問いかけでも、選択肢が出現していたのである。
シャルロッテは魔王討伐を強制していないから、魔王なんて放っておいて異世界観光を楽しもうぜ! という選択肢をポチッとした俺に、七瀬は虫を見るような視線を向けてきた。
いや、実際に好感度は空気→虫へと変わっていたわけで、慌てふためいた俺は時を遡って選択をし直したというわけである。
全員の意見が一致したところで、俺たちは王女様が用意してくれた馬車へと乗り込んだ。
文明の利器であるクルマだと一日とかからず到着するのだろうが、馬車の速度では宿場町を経由してバルド城塞都市まで数日といった道程である。
「ところで、今のうちに自分たちのスキルの情報とか、敵と戦うことになった場合の役割なんかをしっかりと決めておかない?」
のんびりと馬車に揺られながら、そんなことを提案したのは七瀬だった。
たしかに、パーティとして行動しているのだから、互いの能力を把握しておくことは大切だ。
だがしかし、俺のスキルは大っぴらに紹介できるものではない。
翔吾なら笑ってくれるかもしれないが、言峰さんや七瀬にどう説明しろってんだ。
「もう知ってるとは思うが、俺のスキルは【聖騎士の盾】だ。守りに向いてるから、王城の武具庫で選んだのもこいつだな」
翔吾が装備しているのは、自分の体がすっぽり隠れるほどの大きな盾だった。
それだけではなく、重たそうなプレートアーマーまで着込んでいる翔吾の姿は、実に頼りがいがありそうである。
ちなみに、一般的な高校生が金属製の鎧や盾などの重装備をして自由に動き回れるかといえば、答えはNoだ。
しかしながら、シャルロッテが言うには召喚者はスキルを獲得しているだけではなく、身体能力や精神面も強化されているのだとか。
いやね、普通に考えて高校生が魔王と戦うなんて無理だから、それぐらいの特典がないとやってられないよね。
まあでも、召喚された俺たちは例外なくスキルを所持しているわけだが、この世界の住人も稀にスキル持ちの優秀な人間がいるらしいので、自分たちが絶対的な強者だと思わないほうが良さそうだ。
「わたしのスキルは【癒やしの手】だってさ。触れた相手を回復させる能力みたいだから、役割としてはヒーラーになるのかな。怪我したらわたしのところへ来てね」
おお、言峰さんは回復スキルを授かったのか。
パーティに回復ができる人がいるというのは、とても心強い。
「言峰はヒーラーか。ふーむ」
「な、なによ?」
「いや、似合ってると思っただけだよ。だってお前、マネージャーとしてすんごい頑張ってくれてるもんな。部員の皆がきっつい練習に耐えられてるのも、言峰のおかげだよ」
「は、はぁぁぁ? べ、別にマネージャーとして当たり前のことしてるだけだし。っていうか、速水にそんなこと言われたって別に……」
「まあ、俺が怪我したときには治してくれよな」
「ひ、瀕死の状態になるまで回復しないからね!」
……さて、翔吾と言峰さんがイチャイチャしてるのはまあいいとして、七瀬はいったいどんなスキルを授かったんだろうか?
「わたしのスキルは【縮地】と【絶対領域】だったわ」
縮地……というと、漫画などでは超高速移動を可能にする技として登場したりするが、あんな感じかな?
絶対領域はニーソックスとスカートの間にある太もものことですよね? わかります。
「縮地は、距離に制限はあるみたいだけど高速移動が可能になるみたい。相手との間合いを詰めるのに便利かもね。絶対領域については、実際に使ってみないと感覚を掴めないけど、自分の間合いの中にいる相手に攻撃を必中させられるスキルみたい」
え、なにそれ強い。
高速移動が可能で、間合いの中にいれば攻撃が全て命中するとか、完全なアタッカーじゃないですか。やだぁ。
剣道で長年研鑽を積んできた七瀬だからこそ、そのようなスキルを授かることができたのかもしれない。
だとすれば、俺だって一応剣道をやってたわけだし、もうちょっと真面目なスキルが付与されてもよくない? と思うのだが、まあそれはいい。
悪くないと思うよ? 【世界の変容(笑)】
「……それで、影山君のスキルはどういったものなの?」
自分のスキルの説明を終えた七瀬が、最後に残った俺へとそんな質問をする。
さて、どうしたもんかな?
▼『正直に自分のスキルのことを話す』
▼『嘘は言わずに、話せそうな部分だけを話す』
▼『何も話さない』
はい。またまた選択肢が出ました。
正直に話す……というのは無しだな。恋愛シミュレーションのアダルト版みたいな能力ですと告白すれば、結果がどうなるか火を見るよりも明らかである。おまけに、今は七瀬を対象として攻略中だなんて口が裂けても言えないわ。
何も話さない……というのも悪手だと思う。皆がこれだけ自分の能力を開示しているわけだし、俺だけ秘密にしておくとか、パーティの結束が崩壊しかねない。
やはり話せる部分だけ話す、というのが最善か。
「俺のスキルは、名称はちょっと事情があって教えることはできないんだが、時間に関与することができたりする能力……かな?」
「おお! それってすごくね!? 時間操作とかみたいな? 時を停めたり、加速させたりできるんなら無敵じゃんか」
翔吾が興奮ぎみに、そんなことを言う。
「いや、そこまで万能なスキルじゃない。こうしとけば良かった、とか後悔したときに、やり直すことができるような感覚かな?」
「……ふーん。それでも十分に有用なスキルじゃない? 危険を回避することもできそうだし」
そうして皆がお互いにスキルの能力を説明し終わった後、パーティ内での役割も決めておくことにした。
「となると、翔吾が敵を引きつけて守りに徹するタンクで、言峰さんはヒーラーだな。七瀬はアタッカー向きのスキルだけど――……」
「女子には危険だから前衛は任せられない、とか言ったら殴るわよ?」
「いやいや、そんなこと思ってないって」
七瀬は性格もアタッカーに向いてるよ! とか言ったら、本当に殴られるんだろうな。
「俺は直接戦闘に役立つスキルを持ってるわけじゃないけど、七瀬の補助をするサブアタッカーの役割で動こうと思う」
「それでいいんじゃない? 腕が鈍ってないことを祈るばかりだけど」
うーん。まだどことな~く棘がある感じがしますね。
――とまあこんな感じで、俺たちの旅は始まったわけである。
道中は支給されたお金で宿に困ることもなく、物珍しい料理を腹いっぱい食べ、それこそちょっとした旅行気分。
……そんなのんびりとした空気を壊したのは、必死の形相で助けを求める女性の声だった。
「――お願いです! 助けてください!」
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