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――そういえば。
もう一つ、引っかかっていることがあった。家族に訊いたのだ――Aさんは右利きだった、と。
仮にストレスで体をひっかいたとしても、それは通常利き腕で行うものではなかろうか。何故、彼女は左手で右腕を傷つけていたのだろうか。
――たちなさま、ねえ。
その後、なんとなく気になってネットで調べてみたが、たちなさま、という名前はまったくヒットしてこなかった。
ひょっとしたら漢字があてられているのかもしれないが、いかんせん私は彼女の断片的な言葉を聞き取ったのみである。音以外の情報なんてありはしない。
少々不気味ではあったが、病院で死んでいるので変死ということにはならない。死因も本人の自傷によるものとはっきりしている。パニックの原因がわからないことだけは不気味だったが、その時は遺体が司法解剖されることもなく、そのまま話が終わったのだ。
ところが。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ああ、君が知っての通り。
それから三日後、二人目の患者が来てしまったのだ。今度は高齢男性だった。彼もストレッチャーにがちがちに固定されていて、右足を掻きむしって血だらけになっていた。
箇所は違うが、Aさんと同じ。こちらの高齢男性はBさんとしておこうか。Bさんも目を血走らせ、唾を飛ばし、ひたすら恐怖に叫び続けている状態なのだ。
「あああああああああああああああああ、たちなさまああああああああああああ、ゆ、ゆゆゆゆゆ、ゆるしでぐだざ、ゆるじ、ゆるじでぐだざあああああああああああああああああああああああ!ささげます、ざざげばず、ざざげばずがらあああああああああああああああああああああああああああああ!」
「Bさん、Bさん、落ち着いて、落ち着いてください!!」
まただ。
またしても、“たちなさま”といった。
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