ぬっぺふほふは雨に打たれながら飴を求めて惨たらしい真相を掘り起こす

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ぬっぺふほふは雨に打たれながら飴を求めて惨たらしい真相を掘り起こす

【ぬっぺふほふ】 絵巻には一親頭の肉の塊の絵だけが描かれ詳細は知れず。 「のっぺらぼう」の一種といわれている。 昭和・平成以降の文献では、廃寺に現れる妖怪、死肉が化けた妖怪と書かれているものも、 通ったあとには腐肉のような匂いがのこるなど、特徴が記されている。 今日も探偵業に精をだして、迷い猫の捜索。 近所だったから顔見知りの子供に聞きこみをするも「見てなーい」と空ぶり。 「見かけたら教えてくれよ」と飴をわたしたら、女の子が「逆に探偵のおじさんに聞いていい?」と質問。 「猫を探しているとき、ぬっぺふほふ見なかった?」 聞き慣れない響きとあり「ぬっぺふほふ?」とぎこちなく繰りかえすと「昔からいる妖怪なんだって」と教えてくれた。 「わたしたちと同じくらいの背の高さで、体はないの。 大きな顔に手足がついている。 その顔は肌がたるんで、目鼻口らしいものがあるようなないような。 全体的にピンクのぶよぶよの肉体がただれてて、キモいんだって」 「へー想像すると、たしかに気色わるいな。 で?そいつは人を脅かしたり、危害を加えたりするのか?」 「んーん。ただ、ゆっくりと歩いているだけで、なにもしないんだって。 ただ、その肉の塊を食べると、すごく力が湧くらしいよ。 隣のクラスの葉山くん、いつもかけっこビリだったのが急に学年一位のタイムを叩きだしたの、ぬっぺふほふを食べたからっていわれている!」 「わたしも食べたい!」「食べたくないけど見てみたい!」と騒ぐのをほほ笑ましく見守りながら「また変な噂が子供の間で流行ってんな」と真に受けず。 すぐに猫の捜索にもどり「ぬっぺふほふ」について、あまり心にとめなかったのだが。 それから二週間後。 なんと裏稼業をする人から仕事の依頼が。 「いや、当社はどれだけ金を積まれようが、犯罪にかかわる仕事はしません」と頑として断ろうとしたものを「犯罪にはならない。人ならざるものの捜索依頼だ」と引っかかる物言いを。 「最近、ここらで目撃されているという『ぬっぺふほふ』を探しだして、つれてこい」 残酷なほど割りきった現実的な思考をする裏社会の人間と、まだ想像と現実の区別がつけにくい子供がもてはやす妖怪。 あまりにミスマッチな組みあわせに興味がひかれて詳細を聞いたところ。 組の会長が高齢で、床にふせっているという。 もう長くないようで、会長も死期を悟り「もう思いのこすことはない・・・」としおらしくしていたのが、ひ孫から「ぬっぺふほふ」の噂を聞き、とたんに騒ぎたしたと。 「俺は子供のころ、そいつを見たことがある! 目のまえで親父が、そいつの肉を切り落として事故で瀕死だった爺さんに食べさせたんだ! すべて飲みこんだとたん全快をして、それから二十年以上も生きた! 明日まで、もたないかもって医者は諦めていたのに! これは神の思し召しだ! 俺も爺さんのように奇跡的な復活して、まだまだこの組のために尽力しろっていうな! だから、ぬっぺふほふを遣わしたんだ!」 なんて戯言を喚きちらし「ぬっぺふほふをつれてこい!」と駄々をこねて、息子の組長やまわりの部下を困らせているのだとか。 「だれも『ぬっぺふほふ』が実在するとは思っちゃいない。 ただ、会長には安らかに逝ってほしいと願ってる。 だから探偵のお前には捜索するふりをして、いかにもな報告書をつくってほしいんだ。 調査をするにつれ『ぬっぺふほふ』を追いつめているような報告をしてもらい、ころあいを見て、それっぽい肉を会長に食べさせる。 病は気からというしな。 偽物の肉でも元気になるかもしれないし、そうでなくても食べたことに満足して心おきなくあの世にいけるだろう」 「なんだ、本気で探せというわけではないのか」とすこし、がっかり。 たしかに犯罪に加担するわけではないが、こうして一回でも輩の依頼を受けると、後々、面倒なことになりそう。 そのリスクを承知で「分かりました」と返事。 このごろ事務所の経営が大変で、輩が提示した惜しみない報酬に目がくらんだのもあるが。 俺の偽の報告書を読んでから偽物の肉を食べて、果たして会長がどうなるか・・・。 単純な好奇心から見届けたくて。 ということで、猫捜索につづき、近所で「ぬっぺふほふ」の噂をする子供を中心に聞きこみ調査。 「お前の仕事は、それらしい報告書をつくるだけ」と告げられたが、報酬をもらった以上、それに見合った働きをしないことには落ちつかなかったから。 妖怪を探すなんて珍妙な依頼だけに、童心にもどって探求心が疼いたし。 熱心に聞きこみをした結果「ぬっぺふほふ」の出現する条件と、おおよその場所が判明。 現われるのは小雨が降る日で、削られた山の近くという。 削られた山とは、山肌を削って、その土砂を山積にしている工事現場。 なにか建設する予定はないのか、昔から削っては山積にするだけで工事は停滞したまま。 とりあえず、そのことを報告書に書いて、依頼主の輩に見せたところ「この工事現場は別の場所に書き換えろ」と指示。 理由は告げず、険しい顔をしていたから聞くこともできず、指示に従ったが、そのあと小雨の日に、工事現場のほうに足を運んだ。 本物でなくても、噂の発端になったなにかがないかと、むきになって探しつづけ、気がつけば夜。 工事現場付近は外灯がすくなく、車も人の往来もなし。 山の威圧感があってか、より闇が濃いようで、懐中電灯で辺りを照らしながら、傘に雨が打つ音に包まれながら、心許なく歩いていたところ、 自分が鳴らす以外の、水音と足音を立てるなにかが。 慄然として身をすくめたものを、唾を飲みこんだなら一気に音のするほうに明かりを。 そこには子供たちが噂したとおりの醜い容貌の「ぬっぺふほふ」が。 思わず身がまえて懐中電灯を当てつづけるも相手は無反応。 脂肪が溶けているような、たるむ肉を揺らしながら、のそりのそりと歩いて、俺に見向きもせず通りすぎていった。 「無害なのは本当なんだな」とほっと一息。 近所の子が教えてくれたように、小学校低学年くらいの背丈をしているに、後姿は子供っぽいし、丸っこいからあまり恐くないような。 相手に危険性がないのを確認してから、とにかく尾行して依頼主に電話。 テレビ電話にして、照らすぬっぺふほふを映してやると、しばしの沈黙のあと「つれてこい・・・」と唸るような声で。 「もし、つれてきたら報酬を二倍にしてやる」 そりゃあ、ありがたかったが「もう一つ条件を」と食いさがる。 「本当に肉を食べることで効き目があるか興味があるんだ。 だから会長さんが食べたあと、どうなるか見せてくれないか?」 意外にもすぐに「分かった」と返ってきて通話終了。 スマホを懐にしまい、相かわらず遅々として進んでいないのを見て「どうしたものか」と首をひねる。 できるだけ触りたくはない。 ピンクの脂肪のようなものは、水気が多い泥のようでもあり、触ったら飲みこまれそうだし。 なにより、子供っぽく見えるから無理強いをしたくない。 「じゃあ交渉するしかないか」とぬっぺふほふの前に立ちふさがり「あのー、えーと、ちょっとついてきてくれないかなあ?」と声をかけるも、足を止めず、ゆっくりと方向転換して無視。 人に危害を加えないが、人に関心を示すこともなく、俺を認識しているかも怪しい。 耳のようなものはないし、たるんだ肉が覆いかぶさった目が見えているやら。 「シルエットが子供っぽいだけに完全に無反応なのが、むしろ不気味だな」と思ったところで、ふと閃いてポケットから飴を取りだす。 「子供っぽい」から「飴に反応するのでは?」と安易な発想をしたのだが、これが、どんぴしゃり。 のっそりと振りかえったぬっぺふほふが、俺に向かい、短い手を伸ばした。 おそるおそる手のひらに飴を乗せれば、泥に沈むように飲みこまれて。 「やっぱ触らなくてよかった」と思いつつ「ほーら、飴ちゃんあげるから、こっちおいでー」と誘導。 素直についてくるのに、たまに飴をあげながら、ゆっくりゆっくりと事務所へと向かっていき。 工事現場から事務所まで歩いて二十分のところ一時間かけて到着。 深夜になっていたから人目につくことなく、依頼主が待つ裏口につれていき、打ちあわせどおり、小さな檻のなかにいれた。 最後にあげた飴を飲みこんで、檻のなかで突っ立っているぬっぺふほふ。 まわりの輩たちがざわめくなか、依頼主はにがにがしい顔をして後ずさりしつつ「さっさとやっちまえ!」と叱咤するように大声を。 包丁を持ってきた男が檻の小窓を開けて刃をいれれば、あっさりと切れて、ずるりと落ちる肉片。 プラスチックの容器で受けとめ、もう一人が差しだした陶器の皿の上へ。 ナイフとフォークを添えたなら階段をのぼっていった。 その背中を見送り「どうなるかな?」とそわそわしていたものを、ふと檻に閉じこめられたぬっぺふほふを見て、頬を引きつらせてしまい。 「・・・どうして檻にいれたんだ? 会長さんに肉を食わせれば、あとは用済みだろ?」 「いや、会長が足りないって騒いで、もっと欲しがるかもしれないだろ」 「ちがうだろ。もしかして、本当に効果があるなら、こいつで・・・」 依頼主が睨みつけ、負けじと俺も気色ばんで、場の緊張が一気に高まったところ。 裏口がけたたましく開いて「ここで子供を山に捨ててくれるって聞いたんですが!」と中年女性の叫びが。 目をやると、赤い染みのある丸めた毛布を両手で抱えて、必死の形相。 次から次へと不測の事態が起こり、頭を混乱させるうちに、依頼主は顎をしゃくって部下たちに彼女をつれていかせた。 彼女が居なくなり、静まりかえった部屋で「山って、工事現場のことか・・・?」と震える声で問う。 丸めた毛布から、小さく青白い手がだらりと下がっていたのを思いだしながら。 「まさか・・・まさか、あんたたち、虐待とかで死なせた子供を、報酬をもらって、あの山に埋めているんじゃないだろうな。 工事現場に変わりばえがないのは、昔からそれを生業に・・・」 「ふん、変な正義感をふりかざすんじゃねえぞ。 それよりも自分の身を心配したらどうだ。 お情けで、会長が肉を食べてどうなったか教えてやってから、お前を」 殺気だって脅していたのを「きゃあああああ!」と異常に甲高い叫びが遮断。 耳を押さえて見やれば、檻のなかのぬっぺふほふが絶叫しながら、液状の脂肪のようなものを、どろどろと滑らせ落としていたもので。 本体がやせ細っていく一方で、落ちた肉片が蠢いて、だんだん形を成していき。 叫びが消えたところで、ピンクの泥のようなのが裸の子供の形を成し、あまりにその数が多くて、鉄格子をふっとばして溢れだした。 俺も依頼主もほかの輩も目を見張ったまま身動きがとれず。 強面の男たちが棒立ちになるのを尻目に、裸の子供たちは立ちあがり、一斉に走りだして階段へ。 すこしして「ああああ!なんだあああ!」と悲鳴が聞こえるも、すぐに静かに。 「く、くそ・・・!」とどうにか金縛りになったような体を動かして階段をのぼれば、依頼主も追尾。 三階までのぼったら「奥の部屋だ!」と背後から叫ばれ、そのドアに突っこんだところ。 部屋の真ん中にキングサイズのベッドがあり、そばで部下たちが昏倒。 ベッドにはおそらく会長が寝ているのだろうが、大勢の子供たちが群がって見えない。 彼ら彼女らが腕をふって、鈍い音が立てているのは、会長を殴ってのことだろう。 小さい手とはいえ、無数の拳が全身に叩きつけられれば、そりゃあ「ひぎゃあああ!やめろおおお!」と地獄で拷問を受けているような絶叫もするだろう。 そのうち凄惨な叫びがか細くなって聞こえなくなると、子供たちは停止し、また泥のように肉片をただれさせて溶けていった。 といって、ぬっぺふほふにもどることはなく、ベッドにのこったのはピンクの泥状の液体だけ。 立ったまま放心している依頼主にかまわず、ベッドに近づきピンクの泥だまりを覗きこむと、幼稚園や小学校でつける名札が散らばっていた。 その名札を持って俺は警察署へ。 「ぬっぺふほふ」については伏せて、依頼を受けてからのことを洗いざらい話して「事務所で見つけた」と名札を提出。 警察が調べたなら、思ったとおり名札の子供たちはみんな、失踪あつかいになっていたらしい。 さらに工事現場の土砂の山を掘りかえしたところ無数の小さな白骨が見つかったとのこと。 ばっちり証拠があったことから逮捕に乗りだすも、事務所はもぬけの殻。 たった一人、ベッドの近くで座っていた依頼主だけが捕まったという。 虐待死させた親と裏社会の人間の非人道的なあるじまじき犯罪に、しばらく世間は大騒ぎ。 一方で俺はだんまりを決めこんで、取材依頼があってもことごとくお断り。 世間がこの話題に飽きてきたころ、拘留されている元依頼主に会いにいった。 硝子越しに対面した元依頼主は「よくも会長を!」と怒鳴りつけることなく、恨みがましく睨みつけるでもなく。 世にもおぞましい光景を目の当たりにしたあのときのまま、魂がぬけたように呆けて虚ろな目は真っ黒。 「死人のようだ」と背筋を震わせながらも、ずっと引っかかっていたことを質問。 「どうして、名札を持って事務所をでていく俺を止めなかったんだ?」 子供たちに惨殺された死体を見ないよう名札を集めて部屋とでようとしたとき。 なんとなく振りむいたら、依頼主もちょうど顔をむけ、視線が交わった。 が、目をむけたまま、薄く口を開けたまま、退室する俺を見送っただけで。 微かに瞳を震わせた元依頼主は「俺もその子供たちと同じだったんだよ」と思いがけない告白を。 「母親の恋人に風呂場で溺れさせられたんだ。 恋人の男は裏社会の人間で、この糞ったれな闇ビジネスを知っていたから俺をシートにくるんで持っていった。 引きとった輩が掘った穴に捨てようとした直前に俺は息を吹きかえしたんだとよ。 いくら裏社会の人間だろうと、死体を扱うならともかく、生きかえった子供をまた殺すのは、ためらわれる。 会長、そのときは組長に指示を仰いだら『じゃあ育てよう』って。 そんな会長は恩人だから、自分の命をかけて、どんな汚れ仕事もしようって忠誠を誓った。 だが、子供を埋めるのだけは辛くてな。 会長は察してくれて、その仕事をさせなかったが、親に殺された挙句、人知れず埋められるのを、見て見ぬふりをするのも地獄でな・・・。 俺も同罪だし、なんならもっと罪深いかもしれない」 「俺にこそ罰を下せばよかったのに・・・」と生気のない声でつぶやくのに「いや、あんたには、生きてやってほしいことがあったんじゃないか」と力強くいい聞かせる。 「これから、闇ビジネスにすがった親たちは罪に問われるだろうが、死んだ子供たちは怒りや悲しみや恨みをぶつけることができない。 あんただけなんだよ。 生きたまま、母親と恋人と対峙できるのは」 それまで深くうつむいていたのが徐徐に顔を上げていく。 やっと、まともに向きあったなら「俺は探偵だからな!」と胸をそらして、わざとらしく豪語。 「母親と恋人の名前を教えてくれれば、探しだして、なんなら、つれてきてやるよ」 ぬっぺふほふで報酬が払われなかったのを皮肉って「無報酬でな!」と声を張れば、新しい依頼主となった男はやや歯を覗かせて笑い「母の名は・・・」と告げた。
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